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天 球 儀

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蒼天の系譜 【第一幕】 ...01

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【第一幕】 遥かなる旅路へ


01



「起きなさい! ユウ! 約束に遅れるわよ!?」


 シーツをめくり上げられるのと同時に、母の怒号が響いた。 その声にぼんやり目を開くと、母がめくり上げたシーツを丸めながら、やっと起きたとぼやいている姿が目に映った。
 そのままその視線を天井に向け、見慣れた自分の部屋の天井である事を確認し、視線を窓に移す。少々立て付けは悪いが、でもはめ殺しではない窓の向こうに、 平凡な二階家から望めるいつもの景色を見つけて、あぁ、と嘆息しながら額に手を当てた。


「……またか……」

「何が"またか"よ。あんたが起きないのはいつもでしょう」


 ユウの独り言に、母は不可解な表情を浮かべてぼやき、丸めたシーツを持って出て行く。
 別に母にたたき起こされたことについてぼやいた訳ではなかったのだが、だからといって別に言い訳をするような気にもなれず、 けだるい身体をどうにか起こしてベッドから抜け出した。

 いつからだったかは、もう思い出せない。気がついたときにはこの夢を見るようになっていて、起きるとあぁまたか、と思う。
 また同じ夢だ、と認識するようになった頃はまだ、少女と約束を交わした辺りで目が覚めていた。しかしある日を境に、目の前で少女は消し去られ、黒いシルエットの城が真っ赤に燃え上がる光景が追加されるようになった。
 幼いユウにとって、消失という概念は不安でしかなかった。死というものが理解できずとも、失くすこと、奪われること、目の前から消え去ること、それらはまだ幼かった彼の心に暗く冷たい影を落とし、 少女が消し去られる光景も見るようになったばかりの頃は、夢を見ること、ひいては眠ることすら恐ろしかった時期さえある。
 だが今は、それなりに自分の心と折り合いをつけることもできるくらいには成長した。 夢に出てくる少女はもう、この世にはいない。そうなってしまった事情は自分に起因するわけはないし、それは幼い自分にはどうする事も出来なかったことで、仕方のない事だと。
 それでも、自分の首に常にぶら下がっている不思議な光を放つペンダントを見ては、やはり罪悪感のようなものにかられる。

 幼い頃の約束は果たされることのないまま、約束を交わした少女は、このペンダントだけを残して消えてしまった。 なのに何故か、このペンダントを外そうとは一度も思わなかった。約束いかんではなく、ただ思い出を、少女がほんの短い時間でも生きていた証を、忘れ去られていくだけの存在にしたくはなかったのかもしれない。

 指先でペンダントの石を弄りながら、朝からぼんやり感傷に浸っていた自分に対して苦笑いし、寝巻きを脱いで服に袖を通すと、 大きなアクビを一つして伸びをしながら階段を下りて台所へ向かう。そこでは母が、丸めたシーツを洗濯場へ置き去りにして鍋の前に立っていた。
 その背中におはようと声をかけながら、バスケットの中にあるパンをとって口にくわえ、傍においてあった水差しからミルクをコップに移して座ると、 母は呆れた顔をしながら目の前に目玉焼きとサラダの乗った皿を置いた。


「行儀は悪い、寝起きは悪い、品行方正とは言い難いあんたを、ホントに旅に出していいのかしらねぇ……」

「ご心配なく。これでも外面いいのは自覚してるんで」


 パンを口に入れたまま暢気にしゃべるユウがふと顔を上げると、母は口では悪態をつきつつも、本気で心配している表情を浮かべている。 その表情にユウは少し困ったように笑い、冗談だよと肩をすくめた。


「俺だって一応、場所は選んでるつもりなんだけど」

「そんなことは当たり前でしょう。それでも心配するのが親心なの。さぁ、さっさとしないと本当に遅れるわよ」


 困った顔をした息子に母は一瞬だけ苦々しい表情を浮かべ、すぐに優しく微笑みかけて背中を一つ叩いた。
 母の言葉にユウはハッとして、出された自分の朝食を大急ぎで片付けると、出かける挨拶もそこそこに家を飛び出していった。
 不肖の息子を母は呆れた顔で見送り、喰い散らかされたテーブルに手を伸ばしかけてふと、棚に飾ってある写真に視線を移し、眩しそうに目を細めて笑った。 そこには、生まれて間もない息子を不器用に抱く恰幅のよい戦士風の男性と、今よりまだ少し若い母が幸せそうな笑みを浮かべて映っていた。
 戦士風の男性はよく日に焼けてはいるが、真っ黒な髪と、空を映したような蒼い双眸がユウと瓜二つだ。近頃、笑った顔も若いころの彼によく似てきた。 ユウがもう少し歳を重ねれば、写真の男性のように成長するだろう。写真に写るのはまごうことなき、ユウの父親である。


「だんだん、あなたに似てくるわね。格好も性格も」


 母は少し寂しそうに、でもどこか嬉しさも含んだ笑みを浮かべてそう呟くと、さて、と気を取り直すように息をつくと、腕まくりをしながらテーブルの上を片付け始めた。


 中央大陸とサマンオサ大陸のちょうど中間、そこから南に下った洋上に位置する大陸、アリアハン。
 大陸中央部に王都が位置し、城を中心に城下町が広がっている。 そして大陸の玄関口でもあるレーベの村と、そのレーベとアリアハン城下町を繋ぐ街道沿いに点在するいくつかの小さな村からなる、自然と資源の豊かな国だ。
 かつては世界でも有数の観光地であり、観光客や冒険者たちで賑わう活気あふれる国であったが、今では見る影もない。 古来より人と共存してきた魔物達の狂暴化により、この大陸へ渡る唯一の手段である海路をほとんど利用することができず、大陸へ渡ってくる船がない所為だ。
 そしてそれは船だけにとどまらず、魔物達は町や村にも次々と牙を剥いた。そしてそれはアリアハンだけで起こっている訳ではなく、世界中で同じような事象が発生していた。
 魔物の凶暴化の原因は、バラモスと呼ばれる強大な魔物の出現によるものだと言われており、自らを魔王と名乗るバラモスは、中央大陸より南西に連なるネクロゴンド大陸に突如として出現し、難攻不落と呼ばれた要塞城ネクロゴンドを一夜にして陥落させ滅亡に追いやると、 世界にさらなる凶悪な魔物たちを次々と放ち人々を震撼させた。
 バラモスが放った魔物に加え、今まで共存してきた魔物たちも凶暴さを増し、人々は町や村を追われ、地図上から消えた所も少なくない。
 それでもアリアハンは、観光客や冒険者こそ減って観光業の活気は失われつつありはしたが、逆に海に囲まれていたことが幸いしたらしく、他国よりは比較的平和な暮らしを営んでいた。

 ユウはそんな比較的平和な国の城下で、母と祖父に育てられた。兄弟はなく、父は彼がまだ幼い頃に帰らぬ人となった。
 本名はユウ=イペリオネという。父親譲りの真っ黒な髪と、雲一つない澄んだ空の色を映したような蒼い双眸。歳はこの春16歳になる、まだあどけなさの残る少年だ。


「ユウもとうとう16歳かぁ」


 町はずれの教会で待ち合わせをしていた友人たちと合流し、裏手の墓地に回ってさらにその奥の小高い丘を登っていく途中、友人の一人がポツリと思い出したようにつぶやいた。 その言葉に他の友人たちが、感慨深げに一番後ろを歩いていたユウを振り返った。


「だから、父さんに報告しに行くんだろ」


 一斉に集まった視線に肩を竦めてユウが苦笑する。友人たちは、まぁそうなんだけど、とどこか言葉を濁してユウから視線を逸らした。その一言を最後に、一行は黙ってただ丘の頂上を目指して歩みを進めていく。 友人たちの沈黙が何を意味するか分かっているからこそ、ユウも何も言わなかった。

 ユウが16歳を迎えることの意味。それはユウの父親と世界の情勢が絡んでいる。

 ユウの父であるオルテガは、ユウがまだ7歳の頃、バラモス討伐の命を受けて旅立った。 しかしユウが10歳の時にネクロゴンド火山で魔物と交戦中に足を滑らせ、そのまま消息不明となった。
 火山の火口に落ちたことは、同行していた従者が見ていたので間違いはない。 火口の中を捜索するわけにもいかず、かと言って生死を判別するすべがあるはずもなく、言葉を濁して消息不明とは言われたが、その状態では生きてはいないだろうと、口にはしなかったが誰しもが思った。 しかし国王ですら絶大な信頼を寄せるほどの戦士だった父の死は、幼かったユウよりも、母と祖父の方が認めることができないようだった。
 だが何年待っても父が帰る事はなく、またバラモスが打たれたという知らせも入ってこなかった。

 そしてオルテガの訃報から5年、ようやく母も父の死を受け入れる覚悟が決まり、こうして墓標が建てられた。 建立者は母ではなく、アリアハン国王だ。申し訳ないからと断ったが、是非にと押し切られる形で。
 本人の亡骸はおろか、遺品すら入ってない、ただ名前を刻んだだけの墓標。それを前に、母も国王も涙を流していた。 母はもとより国王は国王で、親友でありよき理解者でもあったオルテガの死は、やはり格別な思いがあったのだろう。
 だが正直、ユウにとっての父はどこか遠い存在だった。それは幼くして別れたせいなのか、あるいはあまりに父が大きな存在だった所為なのかは、はっきりしない。 だからか父の死の知らせの時も、墓標を前にしても、悲しいとか恨めしいとかいう感情が湧いてこなかった。夢に見る少女の喪失の方が、よほど悲しかった。それだけ父との思い出が、自分の中にないのだという証なのかもしれない。 あるいは、ただ自分が人でなしなだけなのかもしれないと思うこともある。

 しかしいつからか、ユウはオルテガの後継として人々から期待と希望を掛けられるようになっていた。その中には国王から、あるいは母や祖父から受けるものも含まれている。
 父が偉大な分、その血を受け継ぐユウにかかる期待は大きいのだと、成長していく過程で思い知らされた。自分がどんなに父の存在を感じられなくても、思いが追いつかなくても、周りは待ってはくれない。自分の意思とは関係なく、流されていく。
 そうして後継者などと祭り上げられ、世界のためにとはやし立てられ、バラモスを倒して平和を取り戻すという大義名分の下に、ユウはもうすぐ旅に出る。アリアハンでは16歳が成人の節目でもあるので、それを待って。 それが、彼が16歳になることの意味だ。
 けれど実際この旅に、そんな高尚な理由がユウの中には正直言ってないに等しい。もっと私欲的で、単純な願いしか自分の中にはないのに、そんな思いで果たして本当にバラモスを倒すことが出来るのだろうか。
 自分の願いと周りからかけられる期待とのズレを、最近は顕著に感じるようになっていた。そしてそれが昔から感じていた違和感の原因であることに、今になってようやく気が付いた。

    自分は本当に、父の意思を継げるだけの器と、人々の期待に答えられるだけの力があるのだろうか。

 勇者の後継者と呼ばれはしているが、いまだ成長過程にいる少年は、年頃の言い知れぬ複雑な思いや不安、そして憤りを抱え、日々自問自答を繰り返していた。


20160226 初稿
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