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天 球 儀

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蒼天の系譜 【第三幕】 ...02

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【第三幕】 砂塵に舞うは


02






 商業都市アッサラームは中央大陸と、ネクロゴンドおよびイシスの二国が統治する北大陸、そして東のバハラタ地方を結ぶ中継ポイントに位置していた。多方面から人や物が集まるせいで多種多様な文化が入り混じり、そうしたものを求めて集まって来た行商人たちの手によって大きく発展した、商業に特化した都市だ。
 そして街の多くの商店は、多様な文化ゆえか様々な商業形態が見られる。昼間に開いている店舗もあれば、夜しか営業しないような店舗もあり、商業都市アッサラームは眠らない街としても有名だった。


「でもどっちかっていうと、夜のが賑わってるなぁ」

「それがこの街の特徴って奴だな。他の都市じゃちょっと許されないような風俗店とかも、この街じゃ当たり前だし」

「……あぁ、だから……」


 レンに連れられて街を見回しながら歩いていたユウが、苦笑を浮かべて納得した様に頷いた。
 今歩いている繁華街は市場などの日用品や雑貨などの生活用品を扱うような市場とは違い、店舗の前ではやたらと露出の高い女性や、ちょっと怪しげな雰囲気を醸し出す風体の男性などが、行き交う人々にとっかえひっかえ声をかけては店へと連れ込んでいく様子が見られている、いわゆる風俗街のようだった。出ている看板を見れば大概が酒場であろうことは理解できたが、看板のないような店もちらほらと見受けられる。そういう店へ入っていくのは、ほぼ半裸と言っても過言ではないような女性を伴った男性ばかりだ。これがようは”他の都市では許されない”という風俗店なのだろう。


「い……いかがわしいでス! レン様!! こんなところ、さっさと出まショウっ!」

「勝手についてきといて何言ってんだ。だからティアラたちと行けつったろ」

「む~……ティアラは好きデス。後の二人は苦手デス」


 レンにしがみ付いてなるべく周りを見ないように顔をレンの背中にくっつけて歩いていたサリが、横目で半裸の女性をのぞき見しながら喚いた。そんな彼女の頭を軽く叩きながらレンが呆れた表情を浮かべる。その様子を見ながらユウが困ったように笑って肩をすくめた。
 街に到着したのは丁度昼頃で、とりあえず宿に入って街を見て回る算段をつけようと思っていたユウに、レンやカンダタから夜を待った方がいいと提案された。この街の性質上、買い物は夜の方が向いているのだと言うことらしいが、街を歩いてなるほど確かにと納得できた。
 やがて日が暮れ始めると昼間の閑散とした街並みは一変し、まるで町中の人間が一斉に出て来たかのような賑わいを見せている。文化の様式に統一感こそないものの、賑わいとしては王都ロマリアに引けは取らないだろう。
 そんな賑わいを見せる街で、一行は二手に分かれて行動することになった。片方はポルトガ王へ献上するための黒コショウを探すためで、もう一方はこれからイシスへ向かうための砂漠越えの準備をするためだったのだが、この別行動にまた問題が生じた。
 言わずもがな問題を起こしたのはサリで、レンにくっついて行くと言って聞かなかったのだ。レンはあまりサリを連れて行きたくなかったらしく…その理由はここに来てやっとユウにもわかったのだが…ティアラにも宥めてもらいながら説得を試みたものの頑として聞く様子を見せなかったので、仕方なくこうして連れて来たのだ。
 もっと言えば、セリアやカンダタと行動すること自体が嫌だったという理由もおそらくある。アッサラームへの道々で、薄々セリアを敵視している気はしていたが、それはやはり気のせいではなかったようだ。レンに激しく一方的に想いを寄せるサリが、常にと言っていいほどレンの傍にいるセリアを気に入らないのは分からなくもない。カンダタが気に入らないのはまぁ、自己紹介の時に彼は失礼なことをやらかしているのだから、それはカンダタの自業自得なのでどうでもよかった。ただセリアを敵視するのはさすがにどうかとは思う。


「カンダタはともかくセリアを苦手ってのは、一方的だろ」

「だってなんでレン様といっつも一緒なんですか!?」

「いやまぁ、仲間だし。あと、そういう仲だし?」


 相変わらずレンにしがみ付いてあたりを見ないようにしつつ、それでも不貞腐れた様に頬を膨らませるサリに、ユウがなだめる様に声をかける。サリは横目でにらむ様にユウを見上げ食ってかかって来た。
 何でと言われても一緒に旅をしているのだから常に一緒にいるのは当たり前で、それ以外の理由なんてわかり切っていることだとは思うが一応説明てみたユウに、レンが眉間に皺を寄せてどことなく渋い表情を浮かべた。


「そういう仲ってどういう仲か知らんが、恋人同士って意味なら、俺とセリアはそういうんじゃないからな?」

「……は」


 世間話の一環のような口調でレンは言ったが、ユウからしてみればまるっきり青天の霹靂のような話で思わず言葉を失ってしまった。
 ぽかんと半口を開けたまま言葉を失っているユウに、レンが知らなかったのかと苦く笑ったが、知らなかったとかいう問題ではない。そもそもだって。口走りそうになった言葉に、サリがそこにいることを思い出して慌ててそれを飲み込みはしたが、到底納得できそうな話ではなかった。
 不満げな表情を浮かべたユウが何を言おうとしたのか察したレンは困ったような、でもどことなく寂しそうにも見える笑みを浮かべて小さく首を傾げた。


「なんだろうな。気が付いたらそういう機会を逸してたっていうか、そのままなんとなく曖昧になっちゃったっていうか。……そういう関係を、分かってくれとは言わないよ」

「いや、あの……ごめん」

「謝られるとよけい惨めになるから、気にするな。まぁなんだ、反面教師にでもしてくれ」

「何の話デスかーっ!?」


 ユウの表情を見ながらレンが申し訳なさそうに肩を落とした。自分がどんな表情をしていたかは確認のしようはなかったが、レンを傷つけたことだけは分かったので、思わず口元を抑えてユウは顔を反らして小さく呟くように謝った。
 けれどレンは微妙に情けない顔をしてこの話はおしまいだとでもいうように片手を振り、情けない表情を誤魔化すようにその手で小さく自分の頬を掻いた。そんな二人のやり取りの内容がサッパリわかってないサリが、間に割って入る様に声を上げたので、レンはなんでもないよとそこで本当に話を打ち切ってしまった。
 それでもサリはしつこく食い下がってはいたが、レンはそれをなんでもないように受け流しつつ、話の方向をうまい具合に逸らしていっているのが分かった。しかもサリはそれに上手に乗せられているので、もうセリアの話題はまるでなかったことのように遠くへ置き去りにされてしまっている。
 すでにさっきまでとは全く違う話をする二人を見ながら、そんな風に誤魔化して話の流れを変えてしまう程度には、レンにもきっと触れてほしくない話なのだろうことはユウにも分かった。
 この二人がそれなりに深い関係なことは知っていたし、そういった行為に及ぶ関係はイコールで恋人とかそういった関係だからだと思っていた。でも実際、二人が付き合っているかどうかなんて確かめたことはなかった。そもそも確かめる必要を感じなかったのは、二人は付き合っていると思っていて、それに特に疑問を感じるようなことがなかったからだ。
 いや、まったくなかったかと言われるとそうでもないかもしれない。レンの交友関係を考えると、よくセリアは何も言わないなと思っていたことも事実ではあるが、レンはこと仕事のことになればかなりストイックな性格なので、あくまでもそういう交友関係も仕事の一環なのかと思っていた。感情にストレートなセリアが何も言わない分、余計に。
 言いたくても言えなかったのか。証明された関係ではなく、曖昧で不確定な関係の自分たちが、相手のすることにいちいち口を挟む立場ではないから。それとも本当に思慕の類はなく、ただそういう関係でいいと割り切っていたのか。
 でも。レンは機会を逸してしまったと言っていた。反面教師にしろとも。それは少なくとも、レンからセリアに対する感情は好ましいものだということなのではないだろうか。
 分かるのは、二人ともお互いにお互いへの想いを口に出したことがないと言うことだ。伝え合ったうえで、それでもそういう関係でいいという結論に至ったのなら、曖昧になってしまったなんて表現にはならないはずだ。ということは、想いになんのけじめもつけていないからこその曖昧なのだ。
 二人の間にどういう感情が働いて、それでも曖昧な関係を続けているのかユウにはわからないが、自分の型に当てはめた関係ではない愛情表現も存在するのだということは、なんとなくわかった気がした。それがユウの納得できるような関係では、ないのだとしても。


「ところでレン様。これからどちらへ行かれるんデスか?」


 ユウはサリの今更な発言でようやく我に返り、行先も告げないまま風俗街を歩き続けるレンを見た。ここへ来たのはもちろん、バハラタの名産品でもある黒コショウを探すためにやってきたはずなのだが、何故か連れてこられたのは黒コショウとは何の関係もなさそうな、うっかりすると目的を見失いそうになる店舗ばかりが並んでいる場所だ。
 きょとんとしているサリと困惑気味のユウをレンは交互に見比べると、彼はにやっと笑ってあそこだよ、と通りの奥を指さした。その指先を辿って行った細い路地の先にあったのは、やっているのかやっていないのか判断のつかない小さな店舗だった。
 人一人がやっと通れる程度の路地を縦に並んでようやく通り抜け、看板すらぶら下がっていないみすぼらしい店舗を見上げ、ユウとサリがぽかんとする。


「やってんの、ここ。ていうかそもそも店?」

「れっきとした店だよ。信用できるかの保証は、ないけどな」

「え、それハ……」


 肩をすくめたレンにサリが眉間に皺を寄せた。何か言いたげな彼女に、レンは唇をゆがめてその唇に人差し指を当て、静かにするようにというようなジェスチャーをして見せる。要するに大っぴらにはできない商売をしているということなのだろう。そしておそらくこの街には、そんな合法とは言えないような店などごまんとあるのだ。まだまだ駆け出し商人のサリには、あまり納得できるような話ではないようだったが。
 若干ぶすくれているサリの頭をレンは軽く叩き、今にも外れてしまいそうなほど立て付けの悪い扉を押し開ける。油もさされていないような扉を甲高い音を立てて開いた先にある店内はほの暗く、香でも焚かれているのか不思議な匂いが立ち込めていた。無造作に置かれた棚やテーブルには、商品なのかそうでないのかよくわからない雑貨類が雑然と並べられており、とても商売をしようとする気があるとは思えない状態だ。
 その店の一番奥、カウンター上に一つだけひっそりと灯るランプに、ゆらりと踊る影が浮かんだ。その陰の大きさにサリがひぃ! と小さく悲鳴を上げ、レンの腰のあたりにしがみ付いた。


「なんだい、人をバケモノみたいに」


 やがて影は徐々に小さくなり、物陰から小柄な女性が姿を現した。店のみすぼらしさからは考えられない、それなりに身綺麗な女性だ。指輪のちりばめられた手で、値の張りそうな長い煙管が煙をくゆらせている。店内に立ち込めている匂いは、この煙管だったらしい。若くはないがそれほど歳が行ってるようにも見えない。年齢不詳と言ったところだろうか。


「バケモノっていうか、魔女っぽいっていうか」

「何年振りかに来て人を魔女扱いとはいい度胸だ。この店でアタシに楯突くとロクなことにならないよ」

「いい意味で言ってんだろ。年取らないって事」


 しがみ付くサリを引っぺがしながらレンが肩をすくめる。最初は険しく眉間に皺を寄せていた女性は、苦笑したレンをひと睨みした後、おべっか言ってんじゃないよと不機嫌そうな口調で吐き捨てはしたが、口元は笑っていたのでそこまで機嫌を損ねたわけではなかったようだ。


「それよりなんだい。ここはガキが来るとこじゃないよ」

「ガキじゃないでス! 十六歳は立派な成人デスよ!!」


 唇をやや可笑しそうに歪めていた女性は、レンの傍にいるユウとサリに視線を向け、再び不機嫌そうに顔を歪めた。
 面喰って言葉を失くしているユウとは反対に、ガキという言葉に反応したサリが引け腰になりつつも反論したが、微妙に声が震えて裏返っていたので、しっかりその態度が虚勢であると言うことが見て取れていた。
 そんなサリを女性はへぇ、とにんまりと唇をゆがめて笑いながらしげしげと眺め、手にしていた煙管をサリに向かって突き出した。


「とてもそうは見えないけどねぇ……でもそういう趣味の客も多少いるし、見た目と年齢にギャップがあるから高く売れるよ」

「う……売る……?」

「ここがどういう場所に建ってるか、見て来ただろう?」


 おびえる様に縮こまって再びレンにしがみ付きながら、サリが低く呻る様に聞き返すと、女性はますます意地の悪い笑みを浮かべ、芝居がかった手振りで煙管をゆっくりあたりを指し示すように振り、歪めた唇まで戻して首をかしげて見せた。その怪しさを極めた動きは本当に魔女の様だ。
 そしてどうやら彼女の話は、サリを娼婦館へ売り飛ばす算段の話らしい。サリは大きく身震いしてますます強くレンにしがみ付いた。しがみ付くサリの頭をなだめる様に叩きながら、レンが呆れた顔で手を振った。


「子供を売りに来たわけじゃないって。ちょっと事情があってな。黒コショウを探してるんだ」

「この店に来るのはみぃんな、事情のある連中さ。日用雑貨に風邪薬から傷薬、よく眠れる薬に媚薬もある。堕胎剤だって需要が高い」

「だっ……堕胎剤!? そんなものなんで! だって、せっかく芽生えた命なのに、誰がそんナ……!」


 女性は長い指を折り曲げながら店で扱っている商品の一例をあげて聞かせたが、最後の言葉にサリがぎょっとしたように目を見張り、表情を険しくて声を荒げた。
 しかしサリの言葉の最後を聞く前に甲高い音が店内に響き渡ったので、ユウとサリが思わず肩をすくめて強張った。見れば女性が手にしていた煙管をカウンターに叩きつけ、さっきまでの穏やかだった目つきは一変し、酷く冷たい鋭い目つきでサリを睨んでいる。その鬼気迫る雰囲気に、サリは泣きそうな表情を浮かべて身を縮こまらせた。


「言っただろう? この店がどういう場所に建ってるか見て来ただろうって。せっかく芽生えた命? そんなことはね、ぬくぬくと平和に何の不自由もなく生きて来た人間の言う台詞だよ」


 女性はカウンターに叩きつけた煙管を鋭くサリに向け、心底バカにするように笑っておめでたいガキだよと吐き捨てた。


「この街の女はね、口減らしに売られてきた子や攫われて売られた子もごまんといる。どこに? 決まってるだろう。到底合法とは言えないような娼婦館が主だ。そこで客を取らされ、ろくに避妊もさせてもらえないような子が辿る道なんて決まってんだろう」


 言わなくてもわかるだろうとでもいうように、女性はまくし立てていた言葉をいったん切った。
 サリは相変わらずおびえた表情のまま凍り付き、泣き出すのを堪える様に唇を噛んでいる。
 少女がしがみついているレンにユウはちらりと視線を送ったが、レンはただ僅かに眉間に皺を寄せているだけで、特に女性を制止するようなこともしようとはしていない。
 知る必要のないことだとすれば、きっと彼なら自分たちには関係ない話だと止めてくれるはずだ。それをしないということは、彼女の語る話は知る必要のある現実なのだ。自分たちの知らない、だから知る必要のある、この世界の現状の一つなのだと言うことなのだろう。
 ユウはぐっと唇を噛んで女性を見た。女性はユウの視線に気が付き、少し驚いたような顔をしたが、すぐに表情を険しくして短く嘆息した。


「内で扱う堕胎剤は、そういう子たちが使う薬だ。望まない行為の果ての望まない妊娠。それでもいつか自由になるために、家族を守るために、彼女たちは自分を切り売りする。……それでも昔はこんなじゃなかった。バラモスなんて馬鹿が現れる前は、もっとマシだったんだ。全部バラモスが悪いとは言わない。でもあんなのが出てきたせいで、そういう道を辿る子が増えたのも確かなんだよ。可哀想だの酷いだのなんて言葉はね、そうやってそれでも懸命に生きてる彼女たちを侮辱する言葉だ。覚えておきな」


 言いながら煙管を引っ込めた女性に、サリは涙目のまま何度も首を縦に振り、レンの腰のあたりに顔をうずめて小さく肩を震わせ始めた。
 おそらく泣き出してしまったのであろうサリを横目に、じっと話を聞いていたユウが、どこか疲れた様な顔をしてカウンターにもたれかかる女性に向かって一歩前へ踏み出す。それに気が付いた女性が、訝しそうに眉をひそめ、あんたは、と呟くように口を開いた。


「見たことある顔だ……昔……そう、オルテガだったか……館の子たちが騒いでたことがあった。客としては来なかったけど、見かけたとかって色めきだってたね」


 こんなとこでも有名人とは。思わずユウは苦笑してしまった。
 確かに写真などで見る父は凛々しい顔立ちをしていた。母に言わせれば、あれ以上の男は居ないということらしい。そりゃあ母は父にほれ込んでいたのだから、ひいき目に見ればそうだろうとは思っていたが、娼婦の間でも話題に上るとなれば、母の言うことはあながち間違いでもないのだろうかと考え、それではよく父に似ていると言われる自分を自画自賛するのと同じようなものだと思いいたって、慌ててその考えを振り払った。


「自分は息子です。父に代わり、バラモスの討伐を目指しています。その過程でどうしても、黒コショウが必要なんです。取り扱っているのなら、売ってはもらえませんか?」

「バラモスを?」


 お願いしますと頭を下げたユウを、女性は目を見開いて見つめ、そのままその視線を本当かというようにレンに向ける。笑って大きくうなずいたレンを女性はしばらく見つめ、再びユウに視線を戻した。
 どこか見定めるような鋭い目つきで自分を眺める女性を、ユウが物おじせずにじっと見つめ返していると、女性はやがてふっと表情を崩して肩を落とした。


「なるほど……昔オルテガもそうして旅をしていると聞いてね、バラモスが本当に倒されるかどうかみんなで賭けをしてたこともあった。アタシは無駄な賭けだと思ってその賭けは乗らなかったけど、いいさ。アンタには賭けてあげるよ」

「え?」

「持ってきな。本当なら数万は貰いたいところだけどね。お代はバラモス退治って事にしてあげるよ」


 無駄とはどういう意味か。オルテガでは力不足だと女性は思ったのか、それとも倒されると目に見えているからこそ賭けるなんて無駄だと感じたのか。そう聞く前に女性は小さな革袋をユウに向かって放り投げた。それを慌てて両手で受け取り、きょとんとしてレンを見上げる。レンはおかしそうに笑いながら、良かったな、とユウの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
 撫でまわされた頭を不本意そうに撫でつけながら、ユウは何が、とハスを尖らせて低く呻る。彼は決まってんだろ、と今度はそんなユウの背中を軽く叩いた。


「認められたって事だ」


 レンの言葉に暫くきょとんとして瞬きを繰り返し、もう一度女性を見ると、女性はどこか優しそうに笑って頷いて見せてくれた。
 なんとなくくすぐったいような気分になり、ユウははにかんだように笑いながら、女性に向かってありがとうございますと小さく頭を下げた。
 女性はゆっくり頷くと、レンのしがみ付いたまま顔を上げなくなったサリにアンタ、と声をかける。その声に少女は肩をビクリと震わせ、おそるおそる顔を上げて女性を伺うように見上げる。


「こんなご時世だ。耳をふさぎたくなるような話なんていくらでもある。それでもね、みんな懸命に生きてるんだよ。商人はね、そういう人たちの助けにならないといけない。どんな汚い商売でも、それを必要としてる人間がいる。全てじゃないが、それでも必要な悪ってのはどこかしらにあるもんだ。覚えておきな」


 女性は優し気に目元を細め、わかったかい? とサリに語り掛けた。少女は面喰ったような表情をしていたが、思うところがあったのかきゅっと表情を引き締めて、力強く頷いた。それを見た女性も満足そうに頷くと、後は店に来た時と同じような、どこか不機嫌でけだるそうな表情を浮かべて手にした煙管を口にくわえ、もう用はないとでもいうようにひらひらともう片方の手を三人に振って見せた。
 遊びに飽きた様に興味を失ったような女性にレンは苦笑しながら一礼し踵を返すと、サリも慌ててそれに倣って頭を下げて小走りでレンに追い付いて店の扉をくぐっていく。
 最後にユウも頭を下げて店を出ようとしたところで、女性がそれでも、と誰にでもなくぽつりとつぶやくのが聞こえたので思わず足を止めて女性を振り返る。


「望まなくてもね、芽生えた命に愛着は湧くんだよ。でも娼婦が生んだ子どもの辿る道なんて決まってる。女児なら特にね……昔ならそれでも里子にでも出せたが、こんなご時世だ。外に出したところで養ってくれるとこはない。みんながみんな、自分の生活で手いっぱいだからね。誰もが好きで堕胎するわけじゃないんだ。できるなら産んで育ててやりたい。幸せにしてやりたい。それができないから、そうするしかない……母親が安心して子供を育てられるようなご時世を、アタシは待ってるんだよ」


 振り返った女性はユウを見てはいなかったが、その横顔はどこか愁いを帯びた様な笑みを浮かべていた。彼女にも彼女なりの人生があったはずだ。それを経て来たからこそ彼女はこの店で、この街で働く女性たちの助けになるよう努めているのかもしれない。
 絶望の淵に立っている今の世界で、それでも少しでも誰かの助けになろうと働きかけている人たちが、こうして少なからずいる。そういう人たちの思い。そういう人たちに支えられて生きている人たちの願い。それを無駄にしたくはないと思う。いや、思えるようになってきた。
 少しづつ見えて来たこの世界に、ユウはなんとなく自分のしたかったことが分かってきたような気がして小さく笑うと、女性に向かって力強く頷き、店の扉をそっと閉めた。



20170115 初稿
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