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天 球 儀

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蒼天の系譜 【第二幕】 ...10

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【第二幕】 エルフと盗賊


10







 彼女は別に人間が嫌いというわけでもなかった。というよりは興味が無かったといってもいい。神が造った同じ人型でありながら、その知識によって際限なく、ありとあらゆるものを求め、作り出し、そして奪い合うなどということを繰り返し、その愚かさを理解しながらも、だが決して求めることを止めないその貪欲さを、彼女は理解できなかった。興味が無いからしようとも思わなかった、というべきなのかもしれない。
 だから里に迷い込んできた人間達にも興味は無かった。ただ傷を負って動けないものを放り出すほど、彼女も冷徹ではない。先にも述べたとおり、別に人間が死ぬほど嫌いで憎たらしいと思ってもいなかったからだ。それでもその慈悲が、後に彼女に悲運を招くなどと予想もしていなかった。ただそれだけ。
 その悲運が、彼女が冷徹になりきれなかった所為で招かれたものなのか、それとも興味を持たなさ過ぎて人間を理解しようとしなかった所為で招かれたものなのか、あるいは別の要因があったのか。過ぎてしまったことを今更考えたところで、全てが元通りに戻るわけではない。失われてしまったものは、失われてしまったものでしかないのだ。
 ただひとつ理解したことは、人間はやはり愚かで貪欲で、そして限りなく勝手な生き物だということ。それでも憎んだところで、何かが戻るということも無い。そして愛したものを愚かだと罵りあざけ笑うほど、心貧しい生き方などはしたくはなかった。
 それが許したということになるのか、あるいはそれでもやはりその人間を信じたかった故にそう思ったのか、彼女には分からなかったが、それでも自分の中に芽生えていた新たな命を慈しもうと決めたことは、やはりその人間を想うが故だったのだろうと思う。


「……お母様」


 この腹を痛めて生んだ女児は、果たして自分の愛情を分かっていてくれていただろうか。
 確かに反対はした。まさか彼女が自分と同じような道を選ぼうなどとは思っても見なかったのだ。だから自分と同じ目にあってほしくはなかった。裏切られ、捨てられ、傷つく娘は見たくなかった。それほど娘を愛していた。それでも娘には伝わってはいなかったのだろう。
 当たり前といえば当たり前だ。彼女だって人間を選んでしまったのだから、なぜ母親である彼女が選んだものを、娘が否定されなければならないのか。きっと娘はそう考えたはずだ。その否定が愛情であるなどとは思いもせず、ただ自分たちを捨てた人間を憎んでいるが故の反対であると。
 だから娘は人間と逃げる道を選んだ。母である彼女を説得しようともせず、話し合いの席にすらつかず、ただ反発するかのように娘は何もかも放棄して逃げたのだ。
 もちろん反対ではあった。人間がどういう種族であるか知ってしまった彼女が、だからこそ娘の身を案じて反対しないわけはない。それでも娘が、娘の選んだ男についてきちんと自分へ弁明するのであれば、彼女は見極めるつもりくらいはあった。
 自分の愛した人間に逃げられたような彼女が、果たしてみる目があったかどうかはわからない。それでも娘がそこまでして選んだ道であるならば、見守っていこうと思えるくらいの心はあったのだ。
 なのに娘は逃げた。この里から、母親である彼女から、そして現実から。だから彼女は、自分の娘を奪っていった人間が憎かったわけではない。もちろん少しも思わなかったかといわれれば嘘にはなるが、それより何より、ただ逃げることを選んだ娘が許せなかった。それこそ、自分への裏切りだ。


「おかあ……」

「今さら、あなたは何をしに戻ってきたの?」


 玉座に腰を据えたまま、彼女を見上げてくる娘を冷ややかに見下ろして冷ややかな口調で告げる。
 彼女の娘はぐっと息を呑んで、強張っていた表情をさらに凍りつかせた。自分の母親が、そこまで自分を拒絶するとは思っていなかったのかもしれない。
 望みの潰えたような表情を浮かべた娘に、それでも彼女は冷ややかな目つきのまま、娘の隣に控えた人間の青年に目をやった。穏やかそうな顔つきをした青年は、娘を気遣うように娘の肩をそっと抱き寄せながら、玉座の彼女を見上げてきた。
 その視線に気が付かないフリをして、彼女はさらにその後方に控えた人間五人に目を向けた。身なりからして庶民ではないことは一目瞭然だ。
 戦士風の女性に、武闘家であろう青年、もう一人の青年は判断に苦しむが、まとう気配とその仕草からは高貴な身分であるらしいことは伺える。あとの二人はまだ年端も行かないような少年と少女ではあったが、その二人の気配は他の二人とはまた違った何かを感じた。特に少女に至っては、どれかというと自分たちに近しいものを持っているようだ。
 そう思いながら彼女はふと眉間にしわを寄せた。いや正確には表情に表したわけではなく、寄せたつもりでいぶかしんだ。
 少女の姿かたちは人間のそれと変わらない。変わらないはずなのに、強い力を感じる。精霊に近いが精霊ではない。これは。


「女王陛下。ご挨拶もせず、あなたから彼女を奪うような形になってしまったことは……本当に申し訳ないと思っています。反対されていたとしても、一度あなたときちんとお話すべきでした」


  それが自分にかけられた言葉だと気が付いて彼女はっと我に返り、滑らせるように娘とその隣に寄り添うように佇む青年に視線を戻した。改めて青年に目を向けた彼女は、その視線を受けて僅かに息を呑んだ。
 彼女をまっすぐ見上げてくる青年の瞳は、いつかの自分を見つめるあの人間の瞳と同じだった。優しく、愛しむ様なその視線。この青年が娘に注ぐ愛情に、おそらく嘘はないのだろう。しかしそう思った昔の自分は裏切られた。彼女の愛した人間は、彼女に何も言わずに彼女の前から姿を消したのだ。
 迷いそうになって、でも小さく唇をかんでどうにかそれを振り切り、彼女をまっすぐ見つめる青年に冷たい視線を送る。


「そう思うのであれば、あの時来ればよかったのです。それで全ておさまる話だったでしょう?」

「それでお母様は聞いてくれたのですか!?」


 彼女の問いに青年は口を開きかけたが、それを阻むように娘が身を乗り出し彼女を睨むように見上げ、苦しそうに眉間にしわを寄せて声を荒げた。


「お母様は自分を捨てた人間が憎いから反対するのでしょう!? そんなお母様が私たちを許してくれるはずがない! だから」

「だから逃げたのですか? 最初から話し合いの席にすら付かず、何もかもはじめから諦めて放り出して逃げておいて、今さらなにを話し合いたいというの。第一、私がいつ人間が憎いなどといいましたか」

「え……」


 なりふり構わず声をあげる娘の言葉をさえぎるように、彼女は至極冷静に娘に返した。
 彼女の言葉に娘は虚をつかれた様に固まり、表情を強張らせた。まさか思っていたことを覆されるとは思っていなかったのだろう。言葉を失って瞳を見開き、娘は彼女を呆然と見つめている。
 娘の予想通りの答えに彼女は深く嘆息し、呆れるように首を振った。


「それが愚かだというのです。確かに私は反対はしました。でも反対の理由はそんな馬鹿げた理由ではないのですよ。それすら聞かずに逃げておいて、だから今さらだと言うのです」

「女王陛下」


 玉座にもたれかかりながら話すだけ無駄だとでも言うように、彼女は目の前の娘から視線を外し、大きく天を仰ぐように首をのけぞらせると、話すことはもう無いとでも言うように瞳を閉じて、退出させる合図を控えている兵たちに送るために手を挙げかけたところで、娘とは違う声が彼女をの耳に届いた。
 その声の不思議な力に、彼女は思わず瞳を開いて背を預けていた玉座から身を起こす。見れば娘たちの後ろに控えていた人間の少女が、片膝をついて恭しく頭を垂れている姿が見えた。その仕草と品格から、ただの平民の娘では無いことが伺える。
 だがそんなことは、今ここでこの人間たちが口を挟むことではないはずだ。そもそもこの人間たちは何をしにここへ来たのか。


「部外者が口を出す事ではないと思われますが?」

「無礼を承知で、どうかお聞きください。わたくしはネクロゴンド王国王女のティアラと申します。すでに国無き身ゆえ、身分を証明できるものは、あいにく持ち合わせておりません。真偽のほどは女王陛下にお任せいたします」

「……信じましょう。あなたがただの人間ではないことは、見れば分かりますから」


 頷いて認めた彼女に、少女はやや面食らったような顔をしたがなんということはない。その仕草や品格、そしてその身に秘めているであろう力を見れば、この少女が”ただの”人間ではないことはすぐにわかる。彼女は小さくかぶりを振り、それで? と少女に先を促した。


「ありがとうございます。わたくしは幼い頃、国を焼かれ、これまで大切な人たちを多く失って生きてまいりました。母の顔は知りません。父はかろうじて覚えておりますが、多忙ゆえほとんど会話らしい会話をしたことがありません」

 そして彼も、と少女の隣で少女と同じように控えていた少年を指した。少年はいきなり指されていささか驚いたような表情を浮かべたが、少女の表情を見て何か汲み取ったのか、表情を引き締めて頭を下げ、彼女をまっすぐ見上げてきた。
 少女もそうだが、この少年からも何か不思議なものを彼女は感じていた。蒼い、まるで空を映したかのような瞳は、今まで見てきた人間の誰よりも澄み、そして何か強い意思のようなものを感じる。今はまだくすぶっているようではあるが、いつか全てが吹っ切れたとき、彼は何かとてつもない力を得るのではないだろうか。この二人は一体、どういう運命を背負っているのか。
 じっと自分に語りかける二人を見つめる彼女を、少女もまっすぐ見返してどこか悲しそうな表情を浮かべた。


「父親を殆ど知りません。ご存知でしょうか、オルテガという名の戦士を」


 少女の問いに彼女はもちろん、とうなずいて見せた。人間に興味は無くとも、同じ世界に住んでいるのだ。外の世界の情報も把握しておく必要は当然あるので、歴史上の大きな出来事はもちろん、ある程度の地位や名声を持つ人間も知識としては持っている。


「知っています。彼は人間たちの間では、勇者と呼ばれている戦士なのでしょう?」

「はい。彼はその勇者と呼ばれたオルテガの子息です。ですが彼は、父親であるオルテガがどういう人間であったか、他人から聞かされる人物像以外のことはほとんど知らないのです。何故だかわかりますか?」


 少女の問いかけ自体にまず理解が出来ず、彼女は訝しそうに眉根を寄せた。少女の話が、今この場に必要であるとは思えなかったが、少女の酷く悲しそうな表情が哀れに思えて、彼女は何も言わずにただ黙って首を振った。


「オルテガもまた、彼が幼い頃亡くなった為、父親である彼と直接話しをする機会に恵まれなかったのです」


 よく通る澄んだ声ではっきりそう口にした少女の言葉に、彼女は訝しそうにしかめていた表情を一変させた。
 少女の言葉の真意を、彼女が汲み取ってくれたと感じたのだろう。少女は悲しそうな表情のまま、小さく微笑んだ。


「知りたかったこと、聞きたかったこと、話したかったこと……伝えたかったこと。私や彼にはもう、かなえることができません。失ってしまった今となってはもう……なにも知ることができないのです」


 いなくなってしまっては。分かってはいた。そんなことは当たり前だ。目の前にいずして何を話すというのか。だがそれは、生きていることが前提での話だ。
 逃げた娘は、彼女の愛した人間は、確かに彼女の目の前から姿を消したが、考えてみれば生死を気にしたことなどただの一度も無かった。どうせ逃げ出して、どこかで安穏と生きているのだろうと、なぜそんな風に思えたのか。言われてみれば、なぜ死んでいるかもしれないと考えなかったのか。死んでしまっては、話は愚か会うことすら出来ないというのに。
 そう思ったとたんに、彼女の背中をひやりと冷たいものが走った。なんと視野の狭い考え、思い込みだったのだろう。これでは娘と何も変わらないではないか。
 瑠璃色の瞳を揺らして、彼女は寂しげに微笑んで自分を見上げる少女を見据えた。
 少女の傍らで気遣うように少年が少女にそっと目配せをする。それに気が付いた少女は僅かに目を伏せた後、まるで大丈夫だとでもいうように気丈な笑みを見せた。それはまるで視線だけで会話しているように見えなくも無い。この二人もまた、自分の娘や青年と同じように、互いを想いあっているのであろうことが伺えた。


「……あなたの言うとおりですね、ティアラ殿。意固地になっていたのは私も一緒だったようです。……アン」


 少女と少年、そして娘と青年を見比べた後、彼女は目を閉じて深く一息ついたあと、ゆっくり瞳を開いて娘に語りかけた。
 さきほどまでの険を含んだ物言いとは違う、やわらかい物腰の口調になった彼女を、娘のアンは驚いたように瞳を見開いて見上げている。


「あなたの父親の話をしましょう……それはあなたが生れる、少し前の話です」


 人間で言えば二十年以上前の話は随分昔のことかもしれない。しかし寿命の長いエルフにとっては、まだほんの数年前のような話だ。
 ある時彼女は傷ついて森をさまよう人間たちを見つけた。そのまま森を出してしまうことも考えたが、そのままではおそらく二人とも森を抜ける前に息絶えるであろう傷を負っていた。さすがにそれでは寝覚めが悪い。傷が癒えるまでの間だけ保護することにし、彼女は二人の人間を助けた。
 一人はあまり良い人相であるとは言えず、粗野な人間だったが、もう一人は穏やかそうな風貌と優しげなまなざしをした、人間で言うところの好青年というものだった。
 そうして手当てをし看病をしている間に、いつしか彼女と青年は惹かれあうようになっていた。深い関係になるまで、そう時間はかからなかった。思えばもっと警戒しておくべきだったのだ。彼らの正体を、その人格を。
 それは彼らの傷が完全に癒えた頃に起こった。里の宝物殿が荒らされたのだ。エルフの里に住む者の仕業ではないことは、姿を消した人間たちを見れば一目瞭然で、こともあろうか人間たちは里で最も重要な宝玉を盗んでいったのだ。彼女はすぐに追っ手をかけたが、そのときはすでに遅かったらしく、人間たちが捕まることは無かった。
 憔悴し打ちひしがれた彼女が自分の身体の変化に気が付いたのは、それから暫くしてからだった。彼女は身ごもっていたのだ。自分を裏切り、何も言わずに姿を消したあの人間の子供を。
 酷い仕打ちを受けた彼女が迷わないはずはない。彼女は悩んだ。憎くはないかと問われたらもちろん憎しみもある。けれど、楽しかったことも心安らぐときも、彼がいたからこそ得られたものも沢山あったのもまた事実だ。そして生れてくる子に罪が有るわけでもない。だから彼女は生む決意をした。


「……そして、あなたが生れたのですよ」

「お母様……でも、それは……」

「憎かったら、憎しみだけだったなら、あなたを生んだり……ましてや手をかけて育てたりはしません。そしてそんな愚かな理由で反対したわけでもないのです」


 訝しそうに彼女を見上げる娘に、彼女は何かを反芻するように一度瞳を閉じ、ゆっくり呼吸を整えてから瞳を開いて小さく頭を振った。


「私は怖かったのですよ、アン。あなたが同じ目に合ってしまわないか。あなたが私のように悲しむようなことにならないか……それが反対した理由です」


 優しく微笑みかける母に、アンは息をすることも忘れて唇をわななかせ、やがてうずくまる様にして背中を丸めて両手で顔を覆いながら、小さく嗚咽を漏らし始めた。ようやく娘に、それが愛情であったことが伝わったのだと悟り、それと同時に長く胸につかえていたものがようやく取れたように思えた。もっと早く、娘とこうして話をしておくべきだったのだ。
 彼女は娘のその背を優しく宥めるように撫でる青年に視線を向け、ふんわりと笑った。優しく愛しむ様な、母親としての笑みだ。


「クリス……でしたね。どうかアンを、私の娘を悲しませるようなことだけはしないで下さい。私と同じように、それ以上に、彼女を愛してあげてね?」

「はい……はい! 必ず」


 微笑む彼女をぽかんと見上げていた青年クリスが、はっとして何度も頷き、嗚咽を漏らし続けているアンの肩を抱きかかえるように身体を起こさせる。アンは起き上がるとそのまま玉座へ続く階段を駆けあがり、優しく微笑む母に抱きついて泣き出した。


「お母様……お母様、ごめんなさい! 私、私はっ……!!」

「……幸せに、なるのですよ」


 泣きつく娘を優しく宥めるように抱きしめ、背中を撫でながら彼女はその耳元で小さく囁いた。アンは泣きじゃくりながら何度も、何度も頷いて答えていた。


20161101 初稿


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