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天 球 儀

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蒼天の系譜 【第二幕】 ...06

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【第二幕】 エルフと盗賊


06





    誰かが、呼んでいる。

 耳に届く声が呼ぶのは自分ではないと理解していた。けれど、身体は呼び声に答えて動いた。動いた拍子に鈴を鳴らすような金属の擦れる音が響く。
 振り返った視線の先には、青年が一人立っていた。見覚えのある様な気はしたが、誰に似ているのか思い出せない。ただ青年の姿を見ただけで、胸が震えるのが分かった。
 青年のこちらを見る瞳はひどく優しく、その唇が紡ぐ言葉にぎゅっと胸を締め付けられる感覚を覚える。その言葉は自分に対してかけられているものではないと分かってはいるのに、酷く心を揺さぶられる。


「ごめんなさい」


 自分ではない誰かの唇が紡いだ言葉に、青年がひどく悲しげな顔をした。
 傷つけるつもりではなかった。できるのであれば青年の言葉に、彼が笑ってくれるような言葉を返したかった。なのに口から出てきた言葉は、自分が返したかった想いとは全く異なっていた。


「ごめんなさい。許して………」


 それでもなお必死に言葉をかけてくれる青年に答えてあげたいのに、出てくる言葉は全て裏腹なものばかりだった。違うと必死に叫んでいるのに、自分の叫びは言葉にならない。
 そして自分の視点の違う誰かが紡ぐ青年の名前が、自分の耳に届かなかったことに気がついた。青年の名前が分からない。自分が、なんと呼ばれているのかも理解できない。確かに呼ばれているはずなのに、呼ばれていると認識しているはずなのに、それが音として耳に届いてこない。
 自分ではない誰かの器に、自分はただ傍観者として入っているだけ。そんな状態だ。なのに青年の言葉に、この入れ物が酷く心を揺さぶられていることが手に取るように分かった。
 やがて青年は諦めたように嘆息した。そうして自分に背を向けて、その場を離れていく。この入れ物はそれをただじっと黙って見送っているだけだ。なのに心は。


    行かないで。


 違う、引き止めてはいけない。彼とは、もう会わないと決めたのだから。


    行ってはダメ。


 どうして。あなたが、選んだのよ。


    止めないと、後悔するの。


 ならば、始めから拒絶しなければよかった。


    分かってるの。悪いのは彼ではなく。


 あなたでしょう?


 そこで唐突に目が覚めた。 目を開いた瞬間に飛び込んできた、自分を覗き込むように伺っているその顔に、夢の続きを見ているのかと思って一瞬息を呑んだ。
 でもすぐに夢で見た青年よりも幼く、そして顔つきすら全く違うことに気がついて、暫く瞬きを繰り返した後、もう一度瞳を閉じてゆっくり開いた。


「……ユウ?」


 喉が渇いて張り付く様な感覚に若干むせそうにはなったが、夢とは違って今度はちゃんと自分の声で、自分の意思で言葉を紡ぐことができた。
 自分が発した言葉に、少年がひどく安堵したような表情を浮かべ、よかった、と半分掠れた声で囁いて手の甲で目尻をぬぐっている。
 それを半分夢心地で眺めゆっくり視線をめぐらせると、少年のすぐ傍で、やはり少年と同じように安堵の表情を浮かべて立っている二人がいた。


「セリア……レン……」


 みんな、自分の知っている人たちだ。確かめる様にそれぞれの名前を呼べば、それぞれが破顔してそうだよとでもいう様に頷く。


    私は、帰ってきた。


 そう思ってホッとしたのもつかの間、自分がどこから帰ってきたのか思い出そうとしたが、思い出せなかった。さっきまで見ていた夢すら、もう忘れている。誰かと会話をしている夢だったような気はする。でもそれが誰なのか全くわからないし、会話の内容すら思い出せない。
 その場にいる三人に順番に視線をめぐらせ、しばらく夢の事を考える様にボンヤリと天井を眺めた後、そこでようやく意識がはっきりと戻って来た。


「ここは? 旅の扉は!?」


 自分が今現在おかれている状況は理解できないが、自分が意識を失う前の事を思い出し、慌てて身体を起こそうとしてセリアにそっと優しくベッドへ押し戻された。
 不安げにセリアを見上げ、すぐ隣にいるユウに視線を送る。ユウは泣き笑いのような表情を浮かべ、ロマリアだよ、と教えてくれた。


「ティアラはいざないの洞窟で倒れたんだよ。それからずっと、眠ってたんだ」

「ずっと……って?」


 ティアラ。それが自分の名前だ。何故か忘れていた事を思い出して心の中で反芻しながら、困惑気味にユウを見上げる。彼は小さく頷いて、ひと月くらいかな、と考えるように少し天井を見上げて答えた。その期間の長さに、思わず愕然とする。


「ご、ごめんなさい。私、そんなつもりは全然……」

「なくても仕方ありません。おそらくはあなたの意思で眠っていたわけではないのですから」


 またしてもみんなの足を引っ張ってしまったと思い、申し訳なさで今にもシーツの中にもぐりこみそうになったティアラに誰かが声をかけた。
 きょとんとして上げた視線の先には、若草色の髪と、その間から長く尖った耳が覗いている女性がふんわりと笑って立っていた。 その特徴的な耳から、本の中でしかみたことのない、妖精エルフだということはすぐ分かった。けれどなぜ、そのエルフがこんな人里にいるのか。
 エルフは本来、そうそう人の足が踏み入れられることができないような森の奥深く、しかもその中にさらに特殊な空間を形成して住んでいると本で読んだことがある。
 ティアラが訝しげな顔をしていると、話せば長くなりますが、と女性が困ったように笑って、自分が寝ている間に起きた事をゆっくり話してくれた。


「……つまり、私は……自分の中にある別の存在……精霊にあてられていたということ?」

「そうです。何か、お心当たりはありませんか?」


 心当たりと言われたところで、そんなものにはさっぱりないとしか言いようがない。
 自分の両親や国の人間なら誰かしら知っていたかもしれないが、今の状況ではおそらく誰もこの世に存在していないだろう。ただ自分が特殊な魔法の使い方をしていることは承知していた。それが当たり前だったせいもあったかもしれないが、でもそれはネクロゴンドの血筋のせいだとしか思っておらず、これと言って特別何ら疑問を持ったことはない。自分の中に特別な力を感じたこともない。
 眉間に皺を寄せて小さく首を振ったティアラにエルフの女性アンが、そうですかとちょっと困ったような顔をした。周りを見れば他のメンバーも心なしかがっかりしている様に見える。
 その様子に訝しそうな顔をしたティアラに、レンが肩をすくめて苦笑した。


「心当たりがないのなら、これ以上考えても仕方ないだろう。ただ解決のしようがないと、今後同じような事があったら困るな」


 腕組みをして顎をさすりながら嘆息するレンに、ユウが微妙な表情をする。言うまでもない。遠回しに足手まといになると言われているのだ。
 ただ自覚がないのだから対処法も分からない。そもそも生まれて今年で十六年になるが、今までこんなことは一度もなかった。考えられる要因があるとすれば、こんな風に無茶な魔法の使い方をしたことはなかったので、その反動ではないだろうか。
 魔法を使うたびに削られていく精神力、それに比例するように体力も奪われていく。心も体も疲れ切っていたからこそ、自分の中に隙ができた。そこを狙って悪さされたのだろう。仮定ではあるが、恐らく間違いでもない。
 アンはティアラが精霊の力にあてられたと言っていたが、たぶんそれは違う。何故違うと言い切れるかを説明するのは難しいが、でもなんとなく違うと分かる。勘とかそういうものでもないし、また論理的な理由も特別ない。ただ、さっき見ていた夢が何か関連しているようには思えた。
 内容は覚えてはいない。思い出そうとすればするほど、薄れていく。夢なんて本当は見ていなかったのではないかという気にすらさせるが、ただ思う通りにならなかったという憤りだけは、確かにティアラの中に残っていた。まるで誰かに身体を乗っ取られたような、そんな感覚。それが間違いでなければ、彼女の中に息づいている何かが、この身体を乗っ取ろうとしていたのではないだろうか。目が覚めなかったのは、それを拒むティアラ自身の防衛本能が働いたからだろう。
 ただ今ここでそれを話したところで、ユウやセリアはともかくレンは納得してくれないだろう。パーティ内でも論理的な彼が、こんな曖昧な話で納得してくれるとは到底思えない。


「あの……もしかしたら、私の母なら……何かもっと感じることができるかもしれません」


 静まり返ってしまった室内で、アンがおずおずと声を上げた。その言葉に室内の全員が一斉にアンに視線を向ける。
 アンは居心地悪そうに小さく肩を縮こまらせ、そっとクリスに目くばせをした。クリスはどこか寂しそうに笑ってはいたが、小さく了承するように頷き、それを確認したアンが一呼吸置いて意を決した様に口を開いた。


「実は……私は人間とエルフの混血、ハーフエルフなんです」


 だから純血のエルフよりも若干、能力が劣る。純血のエルフであるならば、もっと何かが分かるかもしれないと言うのがアンの言い分なのだが。


「ハーフ……ってあなたの母親も人間と結ばれたっていうこと? えっ、待って駆け落ちの理由って……」

「彼との結婚を反対されたからです」


 驚いたようにセリアが目を見開く。アンは困ったような顔をしたが、その場にいた四人は思わず顔を見合わせた。
 母親ですら人間と結ばれたのに、その人間と結ばれた母親が自分の娘のことには反対するというのもいかがなものか。そもそも反対できるような立場でもないだろう。
 微妙な反応をした四人に、クリスも申し訳なさそうな顔をして肩をすくめた。


「すみません、そこのところの事情は今は必要ないかと思いますので……ともかく、一度彼女の母親に会ってみてはいかがでしょう。私たちもご一緒しますので」

「でもいいのか? 駆け落ちしてきたんだろう? 連れ戻されるって可能性もあるぞ?」


 眉間に皺を寄せて首を傾げたレンに、アンとクリスは一瞬ひるんだようではあったが、すぐにお互い顔を見合わせて同時に頷いた。


「あなたたちはこの場で起きたことを、この場で解決しようとしている。問題の先延ばしは何の解決にもならない。もちろんそれは当たり前のことなんですが……私たちにはそれが分からなかった。ただ、離れるのが嫌で何も考えなかった。その結果、色んな人を巻き込んでしまった……やっぱりそれじゃダメなんですよね」


 クリスは酷く悲しそうな顔をして肩を落とし、隣でどこか不安げにしているアンの顔をそっと見下ろして微笑んだ。アンは苦しそうに眉間に皺を寄せてはいたが、特にクリスの言うことに反論するわけでもなく、何かに耐える様にそっと瞼をおろした。
 特に反論を見せないアンを確認し、クリスは再びユウたちに視線を向けてきたが、その目は先ほどまでとは違いしっかりと前を見据えているように見えた。


「私たちももう一度、彼女の母親と話がしたい。彼女の母親は人間との間に彼女をもうけた。なのにどうして私たちには反対するのか……ただやみくもにそうしているわけでは、きっとないと思うんです。……いまなら、そう思える」

「そうか。なら決まりだな」


 ぐっと顎を引いて力強く答えたクリスに、レンが笑って頷き、ユウからセリア、そしてティアラへと順繰りに視線を向けると、それぞれが同意するように頷いた。


「ひとまず国王陛下に会いに行こう。その後、エルフの里に向かうってことでいいか?」

「そうしてもらえると、私も助かる。分からないことを分からないままにしておくのは気持ち悪いから」

「ティアラは勤勉だなぁ」

「ユウも見習えば?」


 気遣う様にティアラに視線を向けたレンに、ティアラが笑った。それを見たユウが感心した様に声を上げ、その横からセリアがちょっと小ばかにしたように笑いながらユウの肘をつついたので、ユウは微妙に顔をゆがめて解せないような表情を浮かべる。そのままみんなで笑いあってそこでようやく、どことなく張り詰めていた室内の空気が緩んだように感じられた。
 ティアラもいつも通り笑ったつもりだったが、彼女を見た三人も気が緩んだように笑ってくれたのでちゃんと笑えていたのだろう。
 自分の中に存在する異質な存在に、漠然とした不安を覚えた。それが表情に出ていなかったと分かって、ひとまずほっと胸をなでおろす。
 このまま何も分からず、その異質な存在にただ乗っ取られていくだけになったら。それが確かな結論ではないとは分かってはいるが、自分という存在が、この身体に存在するこの意識が、本当は自分のものではないのではないだろうかと不安になる。
 昔から分からないものを分からないままにしておくのが嫌で、身の回りの人たちに聞きまわって困らせたりしたこともある。それくらい、無知であることが嫌だった。今回のことだって同じことだ。
 このまま黙って何もわからないまま、自分の中の異質な存在に身体を奪われるなんて御免だ。せっかく一人ではなくなって、やっとずっと会いたいと思っていた人と一緒に居られるようになったのだから、絶対に諦めたくはない。どうにかして異質な何かの正体を突き止めてやるのだ。そしてこの不安を取り除いて見せる。
 ティアラは仲間たちに悟られないように小さく唇を噛み、手元のシーツをきつく握りしめてそう決意した。


20160731 初稿


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