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天 球 儀

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蒼天の系譜




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    本当に望むことは。

勇者と謳われた男は、世界を恐怖に陥れる魔王バラモス打倒を誓い旅に出た。しかし道半ばで彼は命を落とし、男の息子がその後継として再び魔王討伐の旅に出ることとなる。

しかし息子は、父の偉大さの陰で様々な葛藤を抱えていた。本当に自分は世界のためを思っているのか。自分に世界を救うなんてことができるのか。

子どもではないが、まだ大人でもない少年が仲間と共に旅をし、のちに伝説と謳われる勇者へと成長していく物語。


スクエニのRPGドラゴンクエスト3の二次創作。

オリジナルおよび恋愛要素の強い内容となっておりますので、ドラクエファンの方は特にご注意ください。傾向としては、♂勇者x♀賢者らしきものです。


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ユウ …おとこ/16さい/ゆうしゃ/やさしいひと

ティアラ …おんな/16さい/けんじゃ/さびしがりや

セリア …おんな/23さい/せんし/ねっけつかん

レン …おとこ/24さい/ぶとうか/きれもの


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序 幕 そして始まる物語

第一幕 遥かなる旅路へ 01 02 03 04 05 06 07 08

第二幕 エルフと盗賊 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

第三幕 砂塵に舞うは 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10



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>>>color

ユウ ティアラ ティアラ


>>>rough

    

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蒼天の系譜 【第三幕】 ...10

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【第三幕】 砂塵に舞うは


10








 外の世界から一切遮断された地下に音など当然あるはずもなく、響いてくるのは三人分の足音。時折、散らばった何かしらの骨を踏んでは乾いた音が挟まることはあったが、口を聞く者は誰一人いなかった。
 それはそれで何となく気まずくはある。ヒルデの後ろをついてくる二人はもしかしたら、先ほどの出来事を反芻しているのかもしれないが、特にお互いが意見を交わすという様子も見受けられない。
 足を止めることはせず、ヒルデは肩越しに僅かに振り返って背後を伺う。二人とも特に考え込んでいる風でもなく、ただ黙々とヒルデの後ろをついてきていた。
 ただ。なんとなくではあるが、先ほどの件からユウの気配が変わったような気がしていた。確かに今までも周りに気を配っているということは分かっていた。それはもちろんしんがりを務めるのだから当然の話ではある。それくらいの気配りはできるのかと、ヒルデはやや馬鹿にしていたのも確かだ。けれど今感じているのは、そういう類のものではない。
 それは先ほど目の当たりにした、彼の瞳があまりにもオルテガに酷似していたせいで、ヒルデ自身がユウへの意識が変わりつつある所為か、本当に彼のまとう気配が変わったせいか。
 おそらく後者だろう。確かにユウの対するヒルデの意識の変化もある。けれどそれだけではなく、明らかに背後から感じるユウの殺気にも似た鋭さを感じるその気配。気を抜くと後ろから一息に貫かれるのではないだろうかと思わせる緊張感。
 外から完全に遮断されている所為か、この地下は上よりも暑くはない。むしろ涼しいくらいではあるが、汗がヒルデの顎を伝って流れ落ちて行く。その気配だけ鑑をみても、本当に城であの腑抜けた様を見せた人間と同一人物なのだろうかと思わせる。どうして。


「ヒルデ」


 考え事をしているところに突然背後から声をかけられ、思わず悲鳴を上げて飛び上がりそうになったのをどうにかこらえ、なに? と足を止めて緊張気味に振り返る。
 いつの間にかユウはティアラを追い越してヒルデのすぐそばに立っていた。けれど声をかけたくせにヒルデのことを見るでもなく、自分たちの進行方向を目を凝らすように睨みつけいた。
 訝し気に顔をしかめて口を開きかけたヒルデを彼は片手で制し、そのまま静かにするようにとでもいう様に人差し指を口元に当てた。


「何か来る」

「え?」


 ユウの言葉にヒルデがますます眉間の皺を深くする。向かっている方向はもうすぐ出口だ。しかも外から正規のルートでここへ来るためには特殊な手順が必要で、それを知っているのは一部の人間だけのはずなので、もし何かあるのだとすれば魔物の類だろう。あるいは上部の探索を終えた、エイルたちだろうか。
 ヒルデとてそれなりに鍛錬を積んでいる戦士だ。魔物の気配位は察知できる。しかしこれから進もうとしている先に、そういった邪悪な気配は感じられない。魔物でないにしろ、ユウの言うコチラに向かってきている何かの気配すら感じられない。
 険しい表情を浮かべるユウを不審そうに眺め、その視線を彼が睨む様に凝視している通路の先へ向けて意識を集中させてみたが、やはり何の気配も感じない。
 しかし。しばらく通路の先の曲がり角を見つめていると、明かりに照らし出された長い影が通路に落ちてくるのが見えた。その影からして形としては人間のようではある。
 この時点で人間がここへ来るのであれば、それはヒルデの上司であるエイルたちが上部の探索を終えて自分たちを探しに来てくれたと考えるのが妥当だろう。彼女たちなら邪悪なものではないのだから、気配を感じられないのもうなずける。
 暫く固唾を飲んで見守っていると影はやはりこちらに向かってくているらしく、長く伸びていた影が徐々に縮まり、やがて通路を折れてその”何か”が姿を現した。


「た……隊長……」


 確かにそこに現れたのは自分のよく見知った上司であるエイルだったので、思わずホッと息をつく。別に魔物だったとしても、ここに出てくる程度のものだったのなら対処できないわけではないのだが、ユウがやたらと緊張感を煽ってくるので自分でも無意識のうちに必要以上に警戒してしまっていたのだろう。


「どうしてこちらへ?」

「遅いので迎えに。お二人ともご無事で何よりです。それにヒルデも」


 エイルは微笑みかけながらヒルデの傍まで歩み寄り、その肩を小さく叩く。その手のぬくもりに気が抜けたようにヒルデは息をつき、はい、と笑って頷いて見せる。
 それを見たエイルはもう一度ヒルデに笑いかけると、すいと視線を後ろに控える二人に向けた。彼女の視線を追いかけるようにヒルデもユウとティアラに視線を向け。
 何故か二人は険しい表情を浮かべてこちらを伺っていた。特にティアラはどこか怯えるような表情で、ユウの背中に隠れる様に彼にしがみ付いている。


「なに……」

「……おまえは何だ?」


 訝し気に眉をひそめて口を開きかけたヒルデの言葉を遮る様に、ユウが低く呻った。
 何を言いだすのか。思わず呆れかえってエイルの表情を伺う。彼女はどこか困ったように笑って首をかしげていた。ユウが警戒する彼女はその姿も気配もまごうことなく、ヒルデの上司であるエイルだ。


「落ちた時に頭でも打ったんじゃないのか?」


 ヒルデは冷笑しながらユウに皮肉を漏らす。けれどユウは一瞬だけ彼女に視線を、しかも若干の侮蔑を込めた様に向け、すぐにエイルへと視線を戻した。


「さっきからなんなんだ。腰抜けなだけじゃなくて、本物の馬鹿なのかおまえは」

「どうとでも言えばいいよ。その人が、本当に君の知ってる隊長さんならね」

「何をおっしゃっているのか理解しかねます。さぁ、一緒に戻りましょう? ティアラ様」


 馬鹿にしたように鼻を鳴らしたヒルデには目も向けずエイルを睨みつけたままのユウに、エイルは呆れた様に息をついて首を振り、ユウの背後に隠れているティアラに向かって手を差し出した。
 呼ばれたティアラはびくりと肩を震わせ、そろそろとユウの背中から顔を出して自分の名を呼んだエイルを一瞥し、そのままユウをそっと見上げる。ユウはわずかに視線を下げてティアラに小さく笑いかけ、すぐにエイルに鋭く視線を戻した。


「気配は真似できても匂いは消せないんだな。彼女はおまえみたいに血の匂いなんてさせてなかった……見くびるなよ」


 ふ、とヒルデの横で空気が動いた。え、と思った瞬間には何かが空を切る音と同時に、なぜかティアラがヒルデ倒れ込む様に押し出されてきた。
 転びそうになっていた少女を慌てて支えて顔を上げた時にはすでに、ユウは数歩後ろに下がって剣を抜いてその場で構えていた。ユウとティアラが立っていた場所では、エイルが剣を振り下ろしてユウを上目遣いに睨みつけている。それはつまり。

    隊長が? あの二人のどちらかを切ろうとした?

 ただ押し出されてきたティアラには目もくれずユウを睨みつけているということは、おそらく狙いはユウなのだろう。でもなぜ、エイルがこの少年を襲う必要があるのか。
 混乱を極めたヒルデがにらみ合うユウとエイルを交互に見比べていると、ティアラが小さくヒルデの外套を引っ張った。視線を落とせば少女は黙ったまま首を振り、その視線を対峙する二人に送った。まるでヒルデに、見ていればわかるという様に。


「ヒルデ!! ティアラを頼む!!」

「こざかしいガキが!!」


 言うが早いがエイルは剣を閃かせ、再びユウに切りかかっていく。その剣先を少年はすれすれのところで避けていた。通路が狭くあまり大きく動けないせいもあるのだろうが、それを考慮したとしても、彼はエイルの剣筋を見切って避けているのは明らかだ。
 エイルは間違いなく王宮で最強クラスの戦士であり、ヒルデも彼女に勝てたことはただの一度もない。誰かが成りすましているにしてはあまりにも剣筋が似すぎている。これではまるっきり本人だ。気配だって、ヒルデにはいつものエイルと同じだった。なのに。
 ユウは今目の前でまさに襲い掛かってきているエイルを本人ではないと断定し、あまつさえその攻撃を危なげもなく避けている。王宮で見せたヒルデの剣戟すらろくにさばけなかったあの無様な姿はどこにもない。


「どうした!? 避けるので精いっぱいで反撃もまともにできないのか!?」


 嘲笑すら浮かべるエイルがどこか嬉々としたよう声を上げたが、ヒルデはそうではないと確信していた。
 ユウが剣を握る右手はここに落ちた時に負傷し包帯がまかれている。とてもではないがまともな打ち合いはできないだろう。だからこそ無理に右手で振ずに、相手の隙を見ているのではないだろうか。エイルを相手にしてなおそれができるということは、彼がそれだけ強いということだ。
 けれど避けているだけではどうにもならないことも事実で。ヒルデがそう思った瞬間、エイルが突然剣筋を変えた。彼女も今までは様子を見ていたのだ。ただユウが避けることに徹したことで、取るに足らないとでも判断したのだろう。一気に畳みかけるつもりであることが見て取れた。
 ユウもさすがに避けきれないと即座に判断したらしく、下から切り上げてきた剣を受け止めたが、その衝撃が負傷部に響いたのか顔を歪めて歯を食いしばった。
 その表情を見たエイルが口元を歪めて醜く笑ったのをヒルデは見逃さなかった。彼女はそんな風に笑ったりはしない。ヒルデの知っているエイルならばしないはずだ。ではこれは誰だ。
 ゾッとした。同じ顔、同じ剣筋、同じ気配。さっきまではまごうことなきエイルだったはずなのに。違うと悟ったとたん、醜い魔物のように見えてくる。実際、醜く笑ったその表情は人間の物ではないようにも見えた。
 エイルは、いやエイルだったそれは醜く顔をゆがめたまま剣を引こうとして。それより早くユウが受け止めた自分の剣でそのまま彼女の剣を跳ね上げた。
 まさか苦痛に顔を歪めた人間に反撃されるとは思わなかったのか、それともユウのその力の強さと勢いに気おされたのか、余裕すら感じさせて笑っていたエイルの表情が一瞬凍りつき。その凍り付いた表情のままエイルは充血した目をこぼれ落ちんばかりに見開いて、自分の胸に沈むユウの剣の切っ先を見下ろした。
 信じられなかった。確かに彼女はエイルではなかったかもしれない。別の何かが彼女になり澄ましていただけなのかもしれない。それでも人の形を成したものに、あのユウが。情けない困ったような笑みばかり見せて、柔弱さのにじみ出ている、ヒルデと同じ歳とは思えないくらい幼さを感じさせた彼が、迷うことなく手にしていた剣をエイルの胸に、渾身の力を込めて沈めているその姿が。人の形をしたもの、しかも見知らぬ人間ではないものを切るのだ。少しくらい躊躇いがありそうなものなのに、今の彼はまるでそれを感じさせなかった。


「ば……馬鹿な……この女の、記憶の貴様は……」

「……人間を相手に戦いたいわけじゃないからね。俺を弱く思おうが情けなく思おうが、相手の自由だ」


 言いながらユウは剣を持つ手を不意にひねり、胸に沈んだその切っ先を無造作に引き抜く。ごぼり、と音を立ててエイルだったそれが口から血の泡を吐き出し、信じられないようなものを見る様に大きく目を見開いたままあおむけに倒れて行った。その胸部と貫かれた背部から血があふれ出しみるみる血だまりを作り。


「あ……っ!?」


 エイルの姿かたちをしていたそれが風船のようにしぼみ、やがて血だまりの中に老人のような顔に手足が生えたような魔物が浮かび上がってきた。


「ま、魔物……?」

「ドルイドね。これは魔法で対象の姿だけではなく、その記憶や気配までマネできる魔物よ。それにしても……」


 血だまりに溶けるように地と同じ色の泡となって消えて行く魔物を見ながら、ティアラが口元に手をあて思案するようなそぶりを見せた。
 なに? とヒルデが首をかしげる。ティアラはハッとしたような表情を浮かべ、すぐに曖昧に笑ってなんでもないわと首を振った。
 訝しく思いはしたがどうせ問い詰めたところで先の件と同様に言い含められて終わるのだろう。あるいは、はぐらかされてしまうか。力で負けはしなくとも、口では絶対に彼女の勝てる気はしない。というかきっと勝てない。
 それはともかく。


「まさか隊長……いや隊長ではないのか。い、いやでも、隊長と同じ強さだったのだから……隊長が、負けるなんて……」

「まぁ、それだけ彼女もユウを軽く見ていたってことなんじゃないかしら?」

「それはっ……だって、でもそれならなんで……馬鹿にされておまえは悔しいとか思わないのか!? 仮にもオルテガさまの息子でありながらそんな……プライドくらいあるだろう!?」


 確かにヒルデもユウを過小評価していた。あの英雄の息子だというのだからどれほどの人間か試してみたかったからこそ、王宮でユウに切りかかってみた。結果は見るに堪えないもので心底ガッカリしたし、あの英雄の息子がここまで情けないなんてと腹も立った。だから馬鹿にしていた。
 ヒルデが思うくらいなのだから、エイルが何も思わなかったはずはない。彼女とてオルテガに憧れて戦士の道を選んだ一人だったのだから。
 ユウだって馬鹿にされていることくらい分かっていたはずだ。なのに怒りもしなければ咎めることすらしなかった。それが余計に疎ましく思わせた。
 ユウは自分の剣を振り抜いて血を払い、要らない布でひと拭きしてから鞘に納めて声を荒げたヒルデを真っすぐ見た。正面から思ったよりも真剣な眼差しを向けられ、思わずたじろぐ。


「言っただろ。俺は別に人間を相手にしたいわけじゃないって。力を誇示したくて強くなりたいわけじゃないんだ。誇りだのなんだのなんて、自分を守るための言い訳なんかどうでもいいよ。俺が守りたいのは……俺が大切だと思う人たちだけだから」


 それとも、とユウが僅かに眉間に皺を寄せる。初めてみる彼の、不快感を露わにしたその表情。ヒルデが今まで彼に向けていたそれと同じ、侮蔑を込めるようなその視線。


「君は守りたいものがあったからではなく、力を誇示するために強くなりたいのか? ならオルテガに憧れてなんて言うな。あの人は、父さんはそんなくだらない理由で強くあろうとしたわけじゃない……馬鹿にするなよ」


 低く呻る様に吐いたユウの言葉とその気配が、ヒルデの肌だけでなく心臓をもをちくりと刺した気がした。そして思いだした。幼い頃、オルテガにかけられた言葉。その意味。

    あぁ、そうか。私は。

 あの人は何と言っていた? 何故強くなりたいのかと、強くなるだけなら簡単だけれど、その先に何を望むのかとまであの人は聞いていた。もちろん、ヒルデはあなたのような英雄になりたいと即座に答えた。自分の答えにあの人は少し困ったように、そう、ユウと全く同じ顔で笑った。
 そして彼は言ったのだ。自分を英雄だなんて思ったことはないと。それはただ、大切な人たちを守るために戦ってきた結果でしかないのだと。
 そんなことずっと忘れていた。そして今でも何のために強くなりたいかなんて考えもしていなかった。ただかの英雄のように強くなりたいと願うばかりで。
 だけどそれは自己満足だ。それでいいこともあるかもしれない。でもヒルデは兵士だ。国を、陛下を、民を守ることが役割のはずだ。それなのに自分は。
 表情を硬くして強張っていたヒルデが、ふと肩の力を抜いて笑った。まるで憑き物が落ちたかのように穏やかに。


「そう、ですね。昔オルテガさまに、何のために強くなりたいかと問われたことがありました。きっと……あなたのおっしゃるような答えをあの方は望んでおられたのでしょう。あの方も、大切な人の為に戦っていると、そうおっしゃっていました。今のあなたのように……あなたは間違いなく、あの方のご子息だ」


 そう言ってヒルデは小さく息をつき苦笑しながら小さく肩をすくめた。
 彼女の言葉のどこに引っかかったのかヒルデには分からなかったが、ユウは小首をかしげて肩をすくめながら複雑そうな笑みを浮かべ、その隣ではなぜかティアラが笑いをかみ殺そうと俯きながら口元に手を当て、でも小さく肩を震わせていた。



20180920 初稿

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蒼天の系譜 【第三幕】 ...09

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【第三幕】 砂塵に舞うは


09







 どれほどの時間そうしていたのだろうか。頭に走った痛みで自分の意識が戻ってきたことを感じ、ゆっくりと目を開く。


「気が付いた?」


 ぼんやりとして焦点の合わない目に映る美しい少女が、心配そうに自分を覗き込んできた。
 この国にはない、赤いルビー色の瞳に白磁の肌。銀糸を束ねた様な長い髪が、覗きんだ肩口からさらさらとこぼれ落ちている。
 イシスの女王であるイシュタルも美しくはあるが彼女とはまた違う、どこか庇護欲を掻きたてられるような儚さを要した美しさ。それはさながら。


「……女神、さま」

「えっと……打ち所が悪かった?」


 思わず口をついて出た言葉に少女は瞳を瞬かせ、困ったように小さく首をかしげながら笑った。
 その苦笑にヒルデはようやく自分の置かれている状況を理解して慌てて飛び起き、けれど起きたのと同時に頭部に鈍い痛みを感じて、頭を抑えながら小さく呻いて蹲る。


「元気そう?」

「みたい」


 どこが元気そうに見えるんだ。思いながらヒルデは鈍く痛む頭の上で交わされる会話に視線を上げ、自分を膝枕してくれていたらしい少女の脇に立っていた少年を睨みつけた。
 ヒルデの鋭い視線に気が付いた少年はきょとんとしたような表情を浮かべた後、すぐに苦笑して少女に向かって肩をすくめて見せた。その様子を見ていた少女も困ったような笑みを浮かべたまま、蹲るヒルデを覗き込んできた。


「頭が痛む? コブができてるみたいだけど、出血とかは見られないし……吐き気とか、手足がしびれたりとかは?」

「いや、特には……」

「そう。呂律がまわらないとかもないみたいだし、様子を見て大丈夫だとは思うけど……手足はどう? 小さな傷は手当てしたけど、ちゃんと動く?」


 言われて頭を抱えていた腕を伸ばし肩をさすり、立ち上がって足の具合を確認する。多少の頭痛は残っているが、手足を動かす分に支障はないようだ。


「大丈夫なようです」

「ならよかった。散らばってる骨がクッションになってくれたおかげかしらね」


 一通り体の具合を確認して頷いたヒルデに、少女が微笑を返し辺りを見回す。それに釣られるようにヒルデも周囲に視線を巡らせると、松明に照らし出された足元にはバラバラになった骨が……それは人だけではなく、何かの生物のものも交じっているようだったが、かなりの量が散乱していた。
 よくよく見れば少年が手にしていた松明も太めの骨に布を巻き、ランタン用の油をしみこませて使っているようだ。
 ヒルデの持っていた予備のランタンは落下の衝撃で壊れてしまっていたようで、近くにその残骸が転がっていた。
 落下。そう思ってヒルデは天を仰ぐ。そこには始点の見えない穴が口を開いていた。それは確かに自分たちが滑り落ちてきた罠用の落とし穴だった。


「起きてすぐで悪いけど、ここがどこか教えてくれないかな?」


 やっと自分の置かれている状況を理解したヒルデに少年が声をかけて来た。
 頭上を見上げていた視線を鋭く少年に向けると、彼は松明を持つのとは逆の腕に包帯を巻いていた。添え木もなく吊るしてもいないところを見ると折った訳ではなさそうではあるが。
 ただでさえこの少年はここまでほとんど戦闘にも参加せず、踊り子だというリベルティーナという少女にまとわりつかれているだけで全くと言っていいほど役に立っていないのに、ここに来てさらに足を引っ張られてはかなわない。
 ヒルデの嫌悪感を察したのか、少年は苦笑いを浮かべて小さく首をかしげた。


「悪いけど、今は変ないざこざ起こしてる場合じゃないよね?」


 ヒルデが何か言うより早く、少年がまるでそれを制するように口を開いた。
 言われなくてもそれくらいは分かっているつもりだったが、嫌味の一つでも言ってやろうと思っていたところで、それを見透かされた様にけん制されてしまった。
 それはそれで腹は立つが。けん制されたことが分かってなお嫌味を言うのも負け惜しみになるだけのような気がして、ヒルデはぐっと喉まで出かかっていた言葉を飲み込みわかっている、と頷くだけにとどめる。
 表情こそおそらく険しかっただろうがそれには触れず、少年はひとつ頷いてありがとうと笑った。


「魔法が使えないのは、何かの力が働いているの?」


 一連のやり取りを静観していた少女が会話に区切りがついたところで、自らの手の平を開いて閉じる動作をしながら、ヒルデに向かってやや険しい表情を向けてくる。


「はい。ここは造られた当時より魔法を封じる力が働いていたと考えられています。おそらくではありますが、罠にかかった魔物や盗賊などが逃げられないようにしてあるのではないかと」

「逃げられない……」


 困惑した様に少女が眉間に皺を寄せる。それを少年がなだめる様にそっと肩を叩いた。
 踊り子の少女にさんざんまとわりつかれていたくせに、いくら亡国のとはいえ仮にも王女である少女に馴れ馴れしくはないか。思いながらじっとり少年を睨みつける。


「えぇと……君は出口が分かる?」


 鈍そうな雰囲気の割に自分に対してヒルデが好ましくはない感情を抱いていることが分かっているようで、少年は言葉を選ぶようにしながらヒルデに問いかけてきた。
 もっと堂々としていればいいだろうに。優しいというよりは単に気が弱いだけなのではないだろうか。ムッとしたままヒルデは小さくうなずいた。


「我々イシスの兵士は、ピラミッド内部のほとんどを把握しています。もちろん、この地下の構造も調査し、出口の確認もしてありますので大丈夫です」


 言いながら辺りを見回す。どこも同じような造りの通路ではあるが、迷うことのないように自分たちにしかわからない目印があるのでそこを辿っていけば地上に出られるようになっている。


「じゃあ早速だけど、出発しよう。セリアたちが心配だし」

「それなら隊長もついていますし、大丈夫かと思いますが?」


 ヒルデの上司であるエイルは、女王直属の兵士の中でも最強を誇る。並の男なんかよりよっぽど腕が立つし、何よりピラミッド内部に精通している彼女がいれば、特に心配するような事はないはずだ。
 しかし少年と少女は顔を見合わせると困ったように笑った。


「心配なのは、リベルティーナがまた余計な事してないかって事よ」


 肩をすくめるだけにとどめた少年の代わりに、少女が小さく嘆息しながら答える。
 なるほど確かに。思わず納得してしまいはしたが、人の話を聞かない行動は軽はずみで、おまけに我が侭ときているのだからもっともだろう。現にヒルデたちをここに落としたのもリベルティーナなのだから、その心配は頷けた。
 呆れた顔をしていたヒルデに、ふいに少年が松明を差し出してきた。思わずきょとんとしてその松明と少年の顔を交互に眺める。


「なに?」

「悪いけど、君が先を歩いてくれないかな?」

「は、女に先を歩かせるの?」


 怪訝な顔をするヒルデに少年がはい、と彼女の手に松明を持たせる。
 落としてしまっては明かりを失くしてしまうことになるので受け取ってしまいはしたが、弱気ともとれる発言をした少年をヒルデは鼻で笑った。
 しかし少年は小さく首を振り、真っすぐヒルデを見つめてきた。その表情にさっきまでの気弱そうな笑みはない。しかし睨んでいるという訳でもなく、ただじっと何かを訴えかける様に真っすぐ彼女の瞳を見つめてくる。
 見覚えのある、その空色の双眸。睨んでいる訳ではない。どこか優しさを含みながら、でも強く何かを語りかけて来るような強い視線。かつて幼いヒルデに向けられたオルテガと同じ。それに気が付いてヒルデはたじろぐように身をすくませた。


「ここの構造が分かっているのは君だけで、それなら君が先を歩くのは必然じゃないかな? それに悪いけど、俺を嫌っている君に安心してしんがりを任せることはできないよ」


 言葉は選んでいるようではあったが、内容はそれなりに辛辣だ。ヒルデがしんがりを務めるということ。それはつまり、ヒルデが後ろを歩いているうちにこの少年たちを迷わせて置いてきぼりにすることもできるし、後ろから切りかかることもできるということだ。
 さすがにこの状況でそんな事をするほど性根が悪いつもりはないが。だが反論しようにもヒルデには少年に切りかかったという前科があるし、今までずっと少年を軽んじて見てきたことにも違いがなく、少年自身もそれを承知しているので、信用がないのは仕方がないことだ。
 ヒルデは諦めた様に嘆息し、何か言い返すこともなくたいまつを手に歩き出す。その後を少女が、さらにしんがりに少年が続く。

    びっくりした。

 思いながら肩越しにそっとしんがりを歩く少年を盗み見る。すでに先ほど見せた表情はなく、前を歩く少女を気遣って優しく声をかけながら歩く少年。周りに助けてもらわなければ何もできない、ぼんくらかと思いはしたが。
 それでも先に見せたあの瞳は、間違いなくオルテガと同じものだった。瞳だけは、だけれど。戦闘にはほとんど参加しておらず、ヒルデの剣すらろくに捌けなかった彼を、あの英雄であるオルテガの息子であると認めるにはまだ早い。


「……あれ……」


 暫く黙々と歩いていたが、しんがりを務めていた少年がふと声を上げて足を止めた。それにつられて前を歩いていた二人も足を止めて振り返る。


「先を急ぐのでしょう?」


 いきなり立ち止まってじっと横の壁を見つめている少年に、ヒルデが苛立ったように声をかける。
 しかし少年は黙ったまま壁を見つめていて動かない。


「ユウ?」


 流石に少女も訝しく思ったらしく、壁を眺めたまま動かなくなった少年の傍まで歩み寄り。少女もなぜか壁に視線を向け、一瞬耳をそばだてるようなそぶりを見せ、怪訝そうに眉をひそめた。


「……何か……聞こえる」


 壁を見つめたまま呟いた少女。その傍にヒルデも並んでみたが、彼女には何も聞こえない。ただの石壁がそこに佇んでいるだけだ。
 困惑するヒルデをよそに二人はしばらくじっと壁を眺め。ふいに少年が壁に向かって手を伸ばし、まるで何かに吸い込まれるように冷たい石壁に手を触れる。


「な……」


 目の前の光景にヒルデは愕然とした。少年が、ユウが手を触れたその場所が淡く光りだし、徐々にそれが広がっていく。呆然としたままそれを眺めていると、やがて広がっていくその光は、何かの紋章を描いているのだと気が付く。


「……不死鳥の、紋章……」


 浮かび上がってきた紋章を見ていた少女がぽつりと独り言のように呟く。なるほど確かに鳥が翼を広げているように見えなくもないが。
 淡く光を発して広がった紋章はやがてすべてを描き切ると、壁に吸い込まれるように消えて行き、同時にそこにあったはずの石壁も音もなく消え失せ、人一人がやっと通れる程度の通路が眼前に現れた。奥を確かめようにも吸い込まれそうな闇が覗くだけで、通路がどこまで続きどこへ続いているのかは分からない。
 ユウと少女はお互いに顔を見合わせ頷きあい、どこへ続いているとも分からない通路へと足を踏みだす。
 さすがにここに独りで置いてきぼりになるのは心もとないので、ヒルデも慌てて二人の後を追う様に通路に足を踏み入れた。
 通路に入ると一歩進むごとに、まるで足元を照らし出すように通路の両端が淡く光をともしていく。ここでは魔法が使えないはずなので、二人の力ではないのは確かだ。では何の力が働いているのか。
 先を行く二人に疑問はないのか、ただ黙々と足を奥へと進めて行く。まるでこの先に何があるのか、わかっているかのようだ。
 そうして暫く進んでいくと突き当たったのか唐突に石壁が現れ、しかしユウは躊躇うこともなくその石壁に、入って来た時と同じように手をかざす。そしてやはり不死鳥の紋章が浮かび上がり壁に吸い込まれ、入り口が現れた。
 どうやら今度は通路と言うわけではなく、空間が広がっているようだ。しかし中は暗く何があるかはうかがえない。しかし二人がその空間に足を踏み入れた途端、上から太陽の光が差し込む様に空間内を明るく照らし出した。
 急激に光を感じたせいで眩しさに目が眩み、思わず瞳を閉じる。しばらく瞼の中で星が弾けていたが、やがてそれが治まるとゆっくり慣らすように瞳を開いていく。そうして改めて足を踏み入れた空間を確認する。
 そこはさほどの広さはなく、三人はいるだけでいっぱいになってしまっていた。中央には円筒形の白い、恐らく大理石か何かだろうが、台座が置かれているだけで、何の為の部屋かさっぱりわからない。
 しかし壁に視線を向けた瞬間、ヒルデは思わず息を飲んだ。部屋を囲む様に壁一面に絵が描かれたそれは。


「……世界、創生……」


 呆けたまま壁画を眺めるヒルデの隣で、少女はポツリと呟いた。
 二人の神と思しき人物と、その神が造りし世界の成り立ちを描いたとされる世界創生画。なぜこんなところに。いやそれ以前に。


「い、今までこんな場所……」


 なかった。というより見つけることができなかったのだろう。おそらく、誰にも。


「見つけるための条件があったのでしょうね」


 部屋の中を一通り見回した少女がヒルデに応え、部屋の中央に置かれた円筒形の台座の前に佇むユウに視線を送る。その視線に釣られるように、ヒルデもユウを見た。
 彼はじっと台座を見つめたまま、おもむろにそこに向かって手をかざす。それはまるで、何をすればいいか分かっているようにも見えた。


「……あっ!?」


 やがて手をかざしていた台座の上部が淡く光を発しはじめ、ユウが手を引っ込めるのと同時にそこに何かが浮かび上がってくる。それは先ほどの紋章などではなく、明らかに人の形を模していた。
 だがその姿はぶれてしまっていて全く安定しておらず、かろうじて人、それも女性の様なシルエットが確認できる程度だ。
 何が起こっているのかさっぱり分かっていないヒルデをよそに、少女はユウの横に並んでそのシルエットを険しい表情で見つめた。


「……たしは、ルビス……うこそ……の……を……継ぐ……」


 暫くすると耳を澄ませてようやく聞き取れる程度の声が聞こえてきた。それは声というより鈴を鳴らしているようにしか聞こえない部分ばかりだ。酷く音が割れていて、何を言っているのかほとんど理解できない。けれど二人は神妙な顔つきでその声に聞き入っていた。


「……がここへ……というこ……のでしょう……の為にオーブを……この世界に……そしてどうか……を……全うして……」


 断片的に聞こえる部分だけで判断するのであれば、どうも何かを頼んでいるように聞こえなくもない。それが誰に何を願っているのかは分からないが、ただ一つだけヒルデにも理解できた言葉は。


「……ルビス……?」


 話は全て終わったのかそこで音は途切れ、シルエットもにじむ様に溶けて消えてしまった。
 だが確かに聞こえたその言葉。かつて世界を創造したとされる神ガイアに協力し、共にこの世界を築きあげたとされる精霊神ルビス。しかし彼女はガイアを裏切り、この世界を追われたと伝わっている。


「い、今のは……今のが……?」

「……ルビス、なのかな?」

「かもしれない……でもここで考えたところで何が分かるって事もないでしょう。とにかく戻ってみんなに合流しましょう」

「ちょ……ちょっと待ってよ!? 何なの今のは……!!」


 腕組みをしたまま低く呻る様に漏らしたユウに少女は頷きはしたが、だからと言って断言することはせず、ここにはもう用はないとばかりに踵を返す。それをヒルデが慌ててローブの端を引いて引き留める。
 なぜこんなところにこんなものがあって、おそらくではあるしましてや本人かどうかも分からない、ルビスと思しき人物の伝言だかなんだかが聞こえたのか。
 混乱を極めているヒルデに少女は苦笑し、たしなめる様に自分のローブを引っ張る彼女の腕にそっと触れてきた。


「あなたが気にする事ではないわ。ここは古い遺跡だから、何があるかなんて分かる人間は存在しない。でもある条件でここが解放されるように魔法がかけられていた。おそらく魔法が使えないのは、この部屋を魔法などで見つけられないようにするためだったのでしょう。でもあまりにも時間が経ち過ぎた所為か……もともと不十分だったのか……この部屋の伝言とシルエットは乱れてしまっていたみたいね。それ以上のことは私にもわからないし、ユウが何故ここを見つけられたのかも分からない。今ここでそんなこと考えても、らちが明かないでしょう? 違う?」


 まるで言い聞かせる様に一つ一つの言葉を丁寧に紡ぎ、少女がヒルデの疑問に答えた。
 確かにこの遺跡は古い。それこそ、この世界が造られた頃からあるとされているほど。けれどそんなおとぎ話の様な時代の出来事など、記録以外で知るすべはない。その記録ですら合っているのかさえも定かではない。だから今見たものが何なのかなど、分かるはずはないし考えたところで手がかりが何もないのに答えが出るはずも確かにない。
 納得はできないが、しかしだからと言って解決するような答えが出るわけでもないので、ヒルデは少女の問いかけに渋々と頷く。
 一応は出た答えに少女も笑って頷き、神妙な顔つきのまま台座を見つめているユウの腕を小さく叩く。少女に叩かれて我に返ったユウもどこか疲れた様に少女に笑い返すと、ヒルデに戻ろうと促してきた。
 そうして。元来た通路を引き返して戻り通路を出たところで、再び入口に音もなく壁が現れて通路をふさぐ。ヒルデが振り返って確認したときにはもう、周りと同じ古びた石壁がそこに並んでいるだけだった。
 まるで夢でも見ていたのではないか。呆ける様にさっきまで通路のあったはずの壁を眺める。ふと横を見るとユウも同じような心境だったのか、半ば呆然としたように自分の手の平に視線を落としていた。
 なぜ、という疑問は掃いて捨てるほどある。けれどそれはこの通路を見つけて扉を開いた少年も同じだろう。いや、その想いはヒルデ以上かもしれない。なぜ、自分だったのか、と。
 しかしそれは少女が先ほど言ったように、ここにとどまって考えたところで詮無いことだ。自分の手を見つめたままの少年に視線を送ると、少年はそれにすぐ気が付いて顔を上げ、珍しく戸惑ったような笑みを浮かべたが、それ以上このことを口にするでもなく、ただ先へ進もうとヒルデと少女を促した。



20180715 初稿

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蒼天の系譜 【第三幕】 ...08

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【第三幕】 砂塵に舞うは


08







 開かれた窓からさらりと風が吹き込んできた。その風に揺らされたカーテンがふんわりと舞い上がり、静かに落ちて戻っていく。
 砂漠の真ん中に位置したイシスでの風が心地よいというのは不思議だったが、イシス自体が巨大なオアシスの中に納まる様に建てられている所為もあるし、モンスターの侵入を防ぐために施された結界が余計な砂や熱風をある程度防いでくれる役割もあるのだとレンが説明してくれた。
 各々の国の首都にはその土地に応じた結界が張られているのだという。誰がいつ張ったのかは定かではないらしいが、古くから残る国には必ずあるらしい。
 だからなのか。サリの育ったのは開拓民たちが自分たちで開墾した土地だった。自分たちの手で一から切り開き、村を作りほぼ自給自足で生活していた。貧しくはないが裕福でもない。それでも自分たちが生きて行くには十分だったはずなのに、ある日を境に村は急速に貧しくなっていった。
 魔王バラモス現出。それによって魔物は凶暴化の一途を辿り、村にも当然のように魔物が襲ってくるようになった。今まではあっても年に何度か、そんなに強くない魔物が襲ってくるというより迷い込んでくる程度でしかなかったのに、明らかに意志を持って村を襲ってくる。
 高い防壁があるわけでもない、自衛程度の武器や技術ではまともに太刀打ちできない。開拓民である自分たちは守ってくれる国があるわけでも、そんな結界があるわけでもなかった。
 日に日に衰退していく村を前に、商人だった父は村を救うのだとサリが幼い頃に旅立ったまま帰ってこず、村は魔物に追われて大陸の内部へとどんどん追いやられていった。そこはまだ比較的安全だったのでどうにか生活できてはいたが、またいつ村を追われるか分からない。そんな恐怖と不安の中での生活。
 父はいつ帰ってくるかも分からない。もしかしたら死んでいるのかもしれない。あるいはどこかで成功して、村に戻る機会をうかがっているのかもしれない。とにかく何もできずに死ぬのを待つような生活はもう嫌だった。だからサリは村を飛び出した。どうにかしたくて、家族の為に何かしたくて。自分を育ててくれた村の人たちを、守りたくて。


「……レン、さま……」


 目が覚めてしばらくぼんやり風に揺られるカーテンを眺め、喉が渇いていることに気が付いて水を飲もうとふと枕元に視線を向ける。そこではレンが椅子に座って足を組み、手元の本に視線を落としていた。
 どうして彼がここにいるのか。驚いて声を上げたが、喉がかすれて上手く声が出ず、思わずせき込んだところでレンが気が付いてどうかしたかと椅子から腰を浮かせ、枕元に置かれた水差しから水を汲んでくると、起きようともがいていたサリ背中を支えてゆっくり起こし、水を差しだしてきた。
 おとなしくそれを受け取り、乾いた喉に流し込む。ぬるいかと思った水は思ったより冷たく、熱のこもった身体には酷く心地いいものだった。見れば水差しには大量の氷が放り込まれ、よく見ると自分の頭の下には水と氷の入った枕が置かれている。砂漠に氷なんて一体どうして。
 きょとんとするサリにレンが小さく笑い、空になったコップを受け取ると、もう一度サリをベッドへ押し込んだ。


「どう、シテ……ピラミッドへ、行ったんじゃ……それニ……氷、は」


 息苦しさで続けて話をするのはきつかったので、ゆっくり途切れ途切れにレンに話しかける。レンは急かすこともなく、彼女の言葉を一つ一つ頷きながら聞いて答えてくれた。


「あんまリベルティーナが行く行くうるさかったから、俺はサボり。そんな大勢で行っても邪魔だし、ま、たまには休んだって罰当たらんだろ。ふだん頑張って働いてるんだから」


 おどけた様に肩をすくめ、それから、とレンがサリの頭の下にある氷と水の入った枕を小さく叩いた。


「氷はティアラから。この城の一番涼しいところに、そんなにいらんてくらい作って行ってくれたんだよ。帰ってくるまでには元気になれってさ」


 レンはサリの頭を小さく撫でてだから、と微笑んだ。


「何も心配しなくていい。ゆっくり休んで、早く元気になれ」

「どう……シテ?」

「ん?」

「ワタシは……だって……」


 初めて出た村の外。自分の村の文化だけではなく、言葉遣いの違い。初めて自分たちは特殊なのだと知った。そのせいでつま弾きにされ、まともに相手になどされなかった。女だったし、見た目の幼さも手伝っていたせいもあったかもしれないが、村を出てからサリはずっと独りぼっちだった。


「なんでって、仲間だろう? サリの明るさは、うちのパーティには必要だよ。その商売の腕もさ。だから早く元気になって、また旅に出よう」


 捨てられたくなくて、みんなと一緒にいたくて、一生懸命勉強してきた。みんなの役に立てば、一緒にいられると思って。なのにこんな風にみんなに迷惑をかけて、きっと置いて行かれる。捨てられてしまうと思った。なのに。
 弱っている所為もあったかもしれない。目からあふれる涙が止まらなくなり、その涙を見られまいと眉上まで掛布を被ると、レンがそっと頭を撫でてくれた。サリの涙が止まるまでずっと、優しく。その優しさは心地よくもあり、けれど酷く胸を締め付けるものでもあった。
 その優しさの理由が、彼女が"ただの"仲間であるからというだけで向けられているということ。彼が本当に想う人は自分ではないと知っているからこそ、その優しさは勝手だとわかってはいるが、サリにとって辛くもあるものだった。




「あつ~い、くさ~い!! もうやだ~!! なんなのここぉ~」


 密封された空間で響くリベルティーナの声は、やたら反響して耳に響く。そしてそれは全員が同じ感想であるけれど、決して口には出さない文句だ。
 ピラミッドの内部はかなり複雑な構造をしており、知らない人間が入ったらあっという間に迷子になって出口すら分からなくなる。おまけに外の空気を遮断している所為もあり、空気がよどんでいることには違いはなかった。加えてこの蒸し暑さ。砂漠の乾燥した"熱さ"も厳しくはあるが、汗が噴き出てくるこの"暑さ"はそれ以上に容赦なく体力を奪っていく。


「密閉されてるのに熱やかび臭さがあるってことは、人でも魔物でも生物の出入りがあるってことですよね?」


 ぎゃんぎゃんわめくリベルティーナを無視したティアラが、先導役をしているエイルに声をかけた。ランタンを手にしたエイルが振り返り、そうですね、と頷く。


「本来なら熱も湿度も一定に保たれている場所のはずですが、生体の出入りがあるということは、熱や湿気を持ち込む原因になりますから」


 中に入ってだいぶ歩いてくる中で、幾度となく魔物には遭遇している。エイルやヒルデは慣れているらしく、さほど苦労はしていない。そもそも戦闘ごとにリベルティーナが喚いて騒いではユウにまとわりついてくるので、ユウ自身あまり戦闘に参加できていなかった。
 それの所為もあるだろうが、オルテガの息子として認めたくないというのがありありと見て取れるヒルデからは、これ見よがしに呆れたため息をつかれたり苛立ったように舌打ちをされたりするので、肩身が狭いことこの上ない。エイルとヒルデ以外の仲間はいつものことなので、気にも留めていないのが救いだ。


「あーもー疲れたぁ~。足がくたくた~」

「おい、その辺を適当に触んなよ」

「はぁ~? なんでぇ~?」


 流石にかなりの時間を歩いてきたので少し休憩することになり、文句しか言わないリベルティーナが息をつきながら寄り掛かろうとしたのか、壁に手をつこうと手を伸ばした。すぐ横を通り過ぎようとしたカンダタが伸びかかった彼女の手を引っ込めさせようとしたが。


「え」

「ティアラ……!!」

「いけない!!」


 通路の少し先でやや広くなって部屋のようになっていた場所の床がふいに消え、その足元に黒い口がぽっかりと姿を現す。そこには丁度ティアラとヒルデが立っており、突然足元の感覚のなくなった二人がきょとんとしたのもつかの間、銀糸の髪がふっと逆立つのが見えた。
 傍にいたユウが落下を阻止しようと手を伸ばす。それをエイルは止めようとしたが、それより先にユウがティアラの腕を掴み、しかしいくらティアラが身軽であろうと、人一人の体重を支えるほど落下力にあらがうことはできず、そのまま引きずられるようにして三人は穴に吸い込まれ、再び音もなく床は元の位置に戻って何事もなかったかのように静寂が訪れた。


「ちょっと何してくれんの!? やたら触んなって入る前に言われたでしょうが!!」


 何が起こったのか瞬時に判断できなかったセリアが、三人が消えたことでようやく我に返り、ぽかんとしているリベルティーナに鬼の様な形相で詰め寄る。
 確かにエイルたちからピラミッドに入る前に、やみくもに壁や床を触らないようにと言われた。それは侵入者を防ぐために仕掛けられた罠があるからだ。慣れたものでなければそれを回避することは不可能で、だからこその忠告だったはずだが。


「私そんなの聞いてないもん! だいたい、カンダタが急に声かけるからびっくりしてさわっちゃったんじゃない!!」

「へーへーそうですねー俺が悪いんですねー」


 そもそも入る前にきちんと説明を受けた筈なのだから、聞いていないはずはない。リベルティーナが聞く耳を持っていなかっただけの話だ。
 セリアに胸ぐらをつかまれんばかりに迫られ、リベルティーナが剥れてそっぽを向く。傍でカンダタが飽きれて肩をすくめ、ゴメンと手を上げる様にジェスチャーをして苦笑いをしたが、彼が彼女を止めようとしたのは誰の目から見ても明らかだったので、セリアはもういいとでもいう様に嘆息してエイルを振り返った。


「落ちた先は?」

「罠にかかった人間を逃がさない構造になっています。特殊な力も働いていますので、魔法などでも出ることができませんが……我々はピラミッド全ての構造を把握しておりますので、ヒルデが必ずお二人をお連れするはずです」

「どうだかなぁ」


 だから安心しろというようなエイルに、カンダタが軽口を叩いた。それを聞き咎めたエイルが、どういう意味ですか、と剣を含んだ視線をカンダタに向けた。


「あのヒルデとかいうお嬢ちゃん、ユウの事心底嫌いみたいだし。置いてこうと思えばできる立場だよな」

「我々を愚弄するのですか」

「あんなにあからさまに突っかかってこられたら、信用しろと言われても無理だろう」


 嘲笑するように口の端を釣り上げたカンダタに、エイルは反論しようとしたようだったが言葉が出てこなかったのか、そのまま勢いをそがれて深く嘆息した。


「確かに……彼女は幼い頃に出会ったオルテガさまに憧れて城へ上がりました。あの方への憧れや期待が強すぎるのです。ですから……こう言っては何ですが、期待を裏切られたのでしょう。私も申し訳ありませんが、彼がオルテガさまのご子息だとは思えない」

「頼りないってか。まぁ、わからんでもないな」

「ちょっと!!」


 同意しないでよ。ぎろりと睨みつけてくるセリアを一瞥し、カンダタが肩をすくめて苦笑した。


「ただ強いってだけなら、そんなもん頑張りゃ大体どうにでもなんだろ」

「どういう意味ですか」

「敵と戦うだけが勇者じゃないって事」

「意味が分かりません」


 人を小ばかにしたようなカンダタの態度に、エイルが憮然として答えた。けれどカンダタはそのまま、そうだろ? と悪戯っぽく笑いながらセリアを振り返った。送られた視線の意味を理解したセリアが一瞬きょとんとした後、呆れたように笑って首肯する。


「頼りにならないかどうかは、あの子たちが戻ってきたらわかることね。こんなの連れて歩いてたら命がいくつあっても足りないし、私たちは私たちでさっさと先に進みましょ」

「こんなの!? いま、こんなのって言ったぁ!! あぁ~ん、ひどぉ~い!!」

「置いてくわよ」


 釈然としない表情を浮かべているエイルに、セリアが肩をすくめながらリベルティーナを指さす。エイルもそれは同感だったよで、そうですねと当たり前のように同調したので、リベルティーナがますます甲高い声を上げて喚いた。
 普段ならユウがなだめ役に出て来るところなのだが不在の今、彼女を相手にしてくれる人間がいるわけでもなく。あるいはカンダタが買って出てくれそうなものではあったが、さすがにかばう気にもなれなかったのか彼にすら相手にされないリベルティーナは、本当に自分を置いて先へ進み始めてしまったエイルたちの後を渋々追いかけた。
 しかしその後も彼女は余計な罠を踏んでは迷惑をかけ続けた。しかも本人はわざとではないのかと疑いたくなるほど絶妙なタイミングで、嫌がらせのようにことごとく触れてはいけないトラップを発動させ、ようやく目的の階層へたどり着いた頃には、セリアもカンダタも彼女を責める気すら失せていた。そしてとどめに。


「なんというか……なぜ彼女の様な人間があなた方のパーティに?」

「一緒にしないで……」


 エイルが心の底から理解できないとでも言いたげな表情を浮かべてセリアに聞いてきたので、額に手を当ててセリアがぐったりと呻く始末だ。


「そもそもあの子は」

「ねーねー、これ開けていい~?」


 苛立ったように息を吐き、怪訝そうな顔をしているエイルにセリアが向き合ったところで、リベルティーナの呑気な声が響いた。
 誰の所為でこんなしなくてもいいような説明をさせられていると思っているのか。たまりかねたセリアが振り向いたときにリベルティーナが手をかけていたのは。


「ちょっと! それ棺でしょう!?」

「棺って事はぁ~ミイラが入ってるんでしょ~? ってことはぁ、お宝も一緒に入ってるって事よね~?」

「えっ……えぇ、まぁ……ここは王家の墓所ですから、当然高貴な方のご遺体が安置されていますし、それなりの装飾品はもちろん一緒に入れられてはいますが……」

「無駄に変な知識はあるのな」


 なぜかうきうきとしているリベルティーナにカンダタが苦笑いを浮かべる。確かにエイルの言う通り、今セリアやカンダタのいる空間はかつては王家の人間の遺体安置の為の部屋だったのだろう。しかし施錠痕はあったものの肝心の鍵はどこにもなく、開きっぱなしになっていたところを見れば、すでに盗掘された後であろうことくらい予想できる事だ。


「ですから開けても何も……」

「一つくらいあるでしょ~。どれどれぇ?」

「……れだ……」


 止めるエイルの言葉に耳を貸すでもなく、リベルティーナは石棺の蓋に手をかける。思ったよりも重くなかったようで、非力な彼女の力でも案外簡単に棺の蓋が少し動きはしたが。


「なんか言った?」


 石の擦れる音に交じって聞こえた無機質な音とは別に、微かに耳に届いた人の声色のようなものにセリアがカンダタを振り返る。しかしカンダタは肩をすくめて首を振った。
 ではどこから。怪訝に思ってリベルティーナへ視線を戻すと、棺の蓋をずらそうと躍起になってるリベルティーナの向こう側で、何かの影がゆらりと揺れた。思わずぎくりとしてセリアが剣の柄に手をかけ、いつでも抜いて切りかかれるように重心を落とす。


「……だれだ……」

「今の聞こえた?」

「聞こえた聞こえた。ていうかヤバい雰囲気」


 見ろこの鳥肌。カンダタが言いながら腕をまくってわざわざ見せてきたが、同じ気配をセリアも感じていたので見る必要もない。魔物の気配ではない。かと言って人間の気配ともいえない。背中に走る悪寒はそういう類の物ではなかった。強いて言えばそう、夜中の墓地で感じる気配とでもいうのだろうか。もともとここはそういう場所ではあるのだが、声が聞こえてきてからその寒気はますます強くなった。


「そこどきなさい!! リベルティーナ!!」

「もぉちょっとぉ~~っ!!」

「っ……ほんっとに救いようのないバカねあんたはっ」


 リベルティーナの向こうで揺れているだけだった影が突然、彼女に向かってその影を広げた。セリアは声を上げたが、全く気が付いていないリベルティーナは、相変わらず棺の蓋を開けようとうんうんと呻っている。
 少しくらい人の言うこと聞きなさいよ。セリアは顔を歪めて舌打ちすると、手にしていた剣を引き抜き、リベルティーナに覆いかぶさろうとする影めがけて切り込んでいった。


「きゃん!!?」


 棺にかじりつくリベルティーナを突き飛ばし、セリアが剣をひらめかせる。影だと思っていたが、暗がりに紛れていただけで確かに手ごたえがあった。切りつけられた影は悲鳴を上げることもなく、しかし仰け反りはしたが、すぐに緩慢な動作で体勢を戻してきた。
 駆け寄ってきたエイルがその陰に向かってランタンを差し出す。とたんにリベルティーナが悲鳴を上げた。


「ミイラがうごいたぁぁぁああ!!!?」

「我らの……眠りを……妨げる者は……だれだ……」

「こいつが声の主!?」

「バカいうな、周りを見ろよ。こいつ”ら”だろ……」


 時間の経過の所為か体に巻き付けられた包帯はくすみ、ぼろきれのようにところどころ垂れさがってはいるが、しかしそれは明らかに安置されていた遺体だということは明らかだった。それが他の棺からも次々と起き上がり、這いずり出てくる。


「説明してよ、エイル?」

「こんな……見回りで何度もここには来ていますが……こんなことは……私も初めてです」


 じわりじわりと数を増やし、セリアたちを取り囲む様にミイラたちが迫ってくる。
 引きつった笑みを浮かべながら横で震えあがっているエイルにセリアが声をかけると、エイルも必死な形相で首を振って、だからどうしたらいいか分からないとでもいう様に眉間に皺を寄せてセリアを見てきた。
 魔物といえば魔物なのだろうが、その辺に出没するような類の魔物とはどこか違う気がした。殺気というよりは、怒りに近い気配を感じる。ならばそういうことなのだろう。


「怒ってる、みたいね」

「ななななんでっ!?」

「墓を荒らしたからだろ」

「わわわわ私だけじゃないじゃないっ!? もっともっとまま、まえからっ……」


 そう。もっとずっと前から、彼らの墓所は暴かれ続けていた。生前のすべての苦痛から解放されたはずだった。安らかな眠りを約束されたはずだった。なのに。だからこれが限界だったのだろう。最後のタガを外したそれが、たまたまリベルティーナだっただけだ。


「話を聞いてくれる連中でもなさそうだしね」

「やるしかねぇなぁ」


 言いながらセリアが剣を構えなおす。カンダタが腰の短剣を引き抜き、それを見たエイルも覚悟を決めた様に口元を引き締め、自分の剣の柄に手をかける。
 それとほぼ同時に、じりじりと距離を詰めるだけだったミイラたちが、一斉にセリアたちに襲いかかった。



20180402 初稿

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蒼天の系譜 【第三幕】 ...07

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【第三幕】 砂塵に舞うは


07







「ようこそ砂漠の国、イシスへ。国の代表として皆様を心より歓迎いたします」


 玉座の前に立ち、目の前に並んで控え首を垂れる面々に向かって砂漠の国の女王がにっこりと笑みを浮かべて見せた。
 肩口で切りそろえられた艶やかな黒髪、額には恐らくこの国固有の生物なのだろう、ティアラはコブラという蛇の一種だと教えてくれたが、その生物を模した黄金のサークレットを飾り、身に着けた真っ白なローブから除く両手首や長く白い首にも黄金に光り輝く装飾品を身に着けた女性。微笑みを浮かべるその顔は幼くも見えるし、成熟した女性にも見えるという、なんとも不思議な顔立ちをしていた。一言で言えば年齢不詳だ。


「歓迎痛みります、イシュタル陛下。ネクロゴンド国王が娘、ティアラ=オウラノス=ネクロゴンドにございます」


 女王の挨拶に率先して応えたティアラの言葉に、後ろで一瞬どよめきが上がる。ユウたちのパーティと一緒に通された、ヴァナディスの面々からだ。ひときわ大声を上げているのはリベルティーナだったが、座長に小突かれて渋々黙った。
 おそらく彼女の身分に、というよりは、とっくの昔に滅んだと思われた王家の生き残りであることの方に驚いたというのが正しいかもしれない。現にイシュタル以外の家臣たちはみな困惑したような表情を浮かべ、互いに顔色を窺っているのが分かった。
 しかしイシュタル自身は小さくうなずくと、首を垂れるティアラに顔を上げさせ、分かりますよと少女に優しく微笑みかけた。


「お顔立ちがあなたのお母様に瓜二つですもの」

「母……ですか?」


 微笑むイシュタルとは対照的に、唐突に母親の話題を出されたティアラが困惑気味に眉間に皺を寄せる。


「申し訳ございません陛下。私は母の顔を知りません。幼い頃もしかしたら、絵や写真を見たことがあるのかもしれませんが……生憎、記憶に残っておりませんので」

「もちろん、分かっています。それを親不孝だなどと責める気もありませんわ。ただ嬉しいのです。あなたのお母様は私の数少ない友人でしたから……あなたがこうして生きて、私に会いに来てくれた。私はそれが本当に嬉しい」

「母、の」


 懐かしそうに笑うイシュタルを見つめたまま、ティアラが言葉を詰まらせる。そのまま僅かに視線を外して何かを考えるようなそぶりを見せ、再びイシュタルに視線を戻して口を開きかけはしたが、女王はそんな少女の仕草を片手を上げて制した。


「聞きたいことは沢山あるでしょう。でも後ほどそれはゆっくりとお話しますから」


 今はまだ、ね? とユウたちパーティの後ろに視線をやりながら、サークレットに飾られた装飾をシャラシャラと品よく鳴らして、女王がいたずらっぽく小首をかしげた。
 ユウたちの後方には女王に招かれた一座も控えている。ティアラもそれで察したのか、静かに目を伏せて黙ったまま首を垂れた。本当だったら今すぐにでも聞きたいことだろう。それでも自制して、さらにそれを表に出さないところが彼女の大人なところだ。ユウなら性分からして、すぐに聞きはせずとも間違いなく不満が顔に出ている。
 そんなことを考えて眺めていたティアラの背中から視線を正面に戻すと、いつの間にか女王の視線が自分に向いていることに気が付き、慌てて頭を下げた。


「あなたが……オルテガさまのご子息ですね」

「はい。ユウ=イペリオネにございます」

「その顔立ち……確かにかつてのオルテガさまによく似ていらっしゃる」

「父を」


 ご存じなのですか、と聞こうとして、先にそれを察した女王が物悲しそうに微笑んで頷いた。


「ネクロゴンドへ足をお運びになる前、最後に立ち寄られたのがこの国でしたから……それに、若い時分にも幾度かお会いしたことがあります」


 そう告げながら女王はふいに視線を外し、広間の窓の外を見る様にその視線を遠くへと移した。そこに何があると言うわけでもない。ただ昔の、オルテガがこの国へ来た時のことを思い出しているのだろう。その横顔にはどこか悲壮感さえ漂わせていた。
 ここでも。どこへ行っても父の影が付いて回る。特にここ最近は女性関係が多くて、若干の不信感が生まれてきていることは否めない。
 僅かに眉間に皺の寄ったユウの脇腹をレンに突かれ、微妙に呻き声を漏らしたことで女王は我に返ったらしく、弾かれた様に視線をユウたちに戻して僅かに苦笑を漏らした。


「誤解なさらないでね? オルテガさまに心に決めた方がいらしたのは昔からよく知っていましたし、私はもとからそういうつもりは微塵もありませんでしたから。ただ……」


 表情を曇らせたユウの心情を察したのか、女王は静かに首を振り否定をしたが、すぐに眉間に皺を寄せて僅かに目を伏せた。


「あなたには……申し訳ないことをしたと思っています。あの時、お父上を留め切れていればあるいは……」


 そこまで言って女王が口をつぐみ、しばらく目を伏せたまま黙って。


「いえ、やめましょう。仮定の話などしたところで、私の勝手な懺悔にしかなりませんから」


 瞳を開いて女王は気を取り直したように、さっぱりと微笑んだ。
 もしかしたら。あるいは。あの時こういう選択をしていれば、違った道があっただろうか。誰もが抱える後悔の念。ロマリア王も言っていた。もっとカンダタが自分たちを頼ってくれれば、と。それぞれがそれぞれに、何かしら父に対して後悔の念を抱いている。
 そんな必要ないのに。そう思う自分は、父に対して薄情だろうか。でも父もそう思っていたのではないかと思う。それこそ、それが自分の選んだ答えなのだから、誰かが自責の念に駆られる必要なんて本当はないのに。
 ただ父も、もっと話し合えば良かったのではないかと思う。寡黙な人だったのだと言えば、そうなのかもしれない。口下手だったのかもしれないし、あるいは他人に頼ったり弱みを見せたりすることが苦手だったのかもしれない。

    あれ?

 そこまで考えてふと思い至った。言わなかったのではなく、言えなかった?
 勇者の、英雄の後継だと勝手に期待されたユウは、弱さを見せることが許されなかった。いや、許されなかったわけではないかもしれない。でも見せることが怖かった。勝手な期待だとしても、その期待が人々の希望であると分かっていたから。期待してくれる人たちを、落胆させたくなかったから。
 もしかしたら、父も同じだったのかもしれない。勇者とまで呼ばれる人間が弱さを見せるなんて、他人を頼るなんて。
 ただオルテガとユウの違いは、オルテガはそれでも自力でなんとかできてしまう力量が備わっていた。ユウにはまだ、それがない。何かを、誰かを守りたいと思っても、自分だけではまだどうにもならない。


「昔話はこの位にして、本題に入りましょう」


 考え事に没頭していたユウの耳に、イシュタルの言葉が届いた。ハッとして顔を上げると、いつの間にか彼女の手にはロマリア王から預かった親書が握られていた。
 優しく微笑んでいた口元を引き締め、ティアラから順々にパーティメンバーの顔を確かめるように視線を巡らせ。


「ロマリア王からのお話、委細承知いたしました。我が国も今後は同盟へ参加いたしましょう。イシスはネクロゴンドとは隣接している国です。今はまだあまり侵攻はないものの、あなた方の動き次第では激しくなる可能性があるかもしれない。そうなるとイシスはこの大陸防衛の要になるでしょう。あなた方が余計な心配をせずバラモス討伐に集中できるよう、イシスもできうる限りの協力をさせていただきます」

 言いながら女王は最後にユウとティアラを交互に見つめ、薄く笑みを浮かべた。なんとなく、本当になんとなくではあるが、それがせめてもの罪滅ぼしだとでも言っているような気がした。


「まずはそうですね、ピラミッドの内部探索の許可から、でよろしいですか?」

「はい。その親書にもしたためてあるかと存じますが、我々はネクロゴンドへ渡る方法を探しています。ピラミッドはかなり古い遺跡だと聞いておりますので、もしかしたらヒントがあるのではないかと思いまして」


 ユウに代わってレンが説明すると、女王はやや眉間に皺を寄せて僅かに困惑したような表情を浮かべた。


「そう、ですね。あそこは、はるか神話の時代から残る遺跡だと言い伝えられています。いつからかは分かりませんが、王家の墓所として使われている時代もありましたが……近年は魔物の巣窟と化していますし、かなり盗掘にもあっています。定期的に見回りや魔物の排除は行っていますが、キリもなく荒れ放題ですが、それでもよろしければ……エイル」


 レンの説明に頷いた女王が、傍に控えていた衛兵の一人に声をかける。この地域特有なのか、褐色の肌に赤く長い髪を詰めて結上げた、長身の女性兵士だ。軽装な装備から伸びる四肢はしなやかで、良く鍛え上げられているのがわかった。
 エイルと呼ばれた女性兵士は一礼して、近衛隊長だと名乗って笑みを浮かべた。肌が褐色であるせいか、白い歯がひときわ際立って見えるので、どことなく豪快な印象を与える笑みだ。


「巡回、および盗賊や魔物の排除を務めておりますので、ピラミッド内部は私にお任せください。それと……」


 エイルが言いかけて振り返ろうとした瞬間、ひゅ、と鋭い何かが空を切る音がユウの耳に届いた。それと同時に腰から外して右わきに置いていた自分の剣を掴んで後方へ飛ぶと、自分が膝をついていた場所、丁度首にあたるであろう空を剣が横薙ぎに通り過ぎたのが見えた。
 周囲に悲鳴とどよめきが起こったが、そんなことを気にしてる場合ではなく、空を薙いだ剣は瞬時に持ち主がユウとの距離を詰め、切り返されて下から顎をめがけて振り上げられる。それを顎を反らせて避けたが、中途半端な体勢だったせいで足がもつれてそのまま尻餅をついてしまった。

「いって……!!」


 かなりの勢いで転んで尾てい骨を強打したので、思わず悲鳴を上げる。気が付いたときには目の前に剣を突き出されていたが、ユウに剣を突き出した当人には、セリアとカンダタが両脇から首筋に短剣と剣を突き付けられていた。


「仮にも一国の使者に、その態度は失礼じゃないの? これがこの国の礼儀?」

「うちの大事な勇者様になんかしたら、ただじゃおかないぜお嬢ちゃん」


 剣の持ち主の耳元で、セリアが表情険しく冷たい口調でささやく。その反対でカンダタもおどける様に言ってはいたが、目はまったく笑っていない。持ち主である女性兵士……そう、まだユウとそんなに年の変わらなそうな少女がセリアとカンダタを睨みつけ、そのままさげすむ様な視線をユウに向ける。


「こんな軟弱そうな子供がオルテガさまの息子だなんて、私は認めない」

「さがりなさい、ヒルデ」

「イシュタル様もそうお思いではありませんか!? あの方は強かった! あんなに強かったお方の息子がこの程度だなんて……こんな無様な格好で、仲間に助けてもらわないと何もできないような子供だなんて……!!」

「ヒルデ」


 イシュタルに険しい表情で諫められた少女、ヒルデはまだ何か反論しようとしていたが、エイルに再び諫められて大人しく黙り、でも謝ることもせずただ頭だけを下げてエイルの後ろに下がった。
 カンダタは苦笑いで肩をすくめて短剣を納めたが、セリアは嫌悪感をあらわにしたまま今度はユウを睨んでくる。彼女の言わんとせんことは分かっていたので、声には出さずジェスチャーだけでごめんと伝えはしたが、彼女は全く納得していないようでその視線を再びヒルデに向けた。


「あなたはオルテガさまを知っているのね?」

「答える義理はない」


 表情は険しかったがなるべく静穏を取り繕ってセリアは聞いていたが、ヒルデはまるで取り付く島もないようにつっけんどんに答えたので、セリアのこめかみに力が入るのがユウにも分かった。
 止めようかとも思ったが、先にレンが片手でユウを制して、半分切れかかっているセリアの肩を小さく叩く。セリアはまだ納得いかないようではあったが、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。まるで子供の喧嘩だ。
 尻餅をついたままのユウをティアラが心配そうにのぞき込んできたので、大丈夫という様に手を上げて答えながら苦笑した。


「大変失礼いたしました。ピラミッドへは私と、そこのヒルデでご案内します」

「はぁ!?」

「失礼は承知ですが、彼女もピラミッドには慣れておりますので、どうぞご承知おきください」


 頭を下げたエイルにセリアが素っ頓狂な声を上げたが、淡々と述べたエイルに渋々了承する。知らない土地の知らない遺跡を歩くのだから、当然道案内は必須なのでこればかりはしょうがない。
 なんとなくまた一波乱くる予感がする。自分を鬼の様な形相で睨むヒルデに苦笑いを浮かべながら、ユウは小さくため息をついた。


「陛下、もう一つお願いがございます」

「なんでしょう?」


 なんとか収まった場で、レンがおもむろにイシュタルに頭を下げる。女王がきょとんとして首をかしげた。


「仲間が一人、熱病にかかって宿に残っております。もしよろしければ、医師を紹介していただけませんでしょうか」


 レンの言葉にユウとティアラがハッとして顔を見合わせた。
 それはイシスに到着する直前、最後に休憩で立ち寄ったオアシスでの話だ。
 サリが昼間からあまり体調が良さそうではなかったのだが、オアシスに着いてからそれが顕著になった。高熱にうなされ、イシスに着いてからも熱は一向に下がらない。ティアラはおそらくこの土地特有の熱病ではないかと診断したが、だからと言って手持ちの薬草などでは対処療法しかできず、魔法で病気は治せないのでどうにもならない。仕方なく今は一座の座員に宿屋で見てもらっている状態だった。しかしこのまま放っておけば、命に関わる。
 頭を下げるレンにならって、ユウたちもお願いしますと膝をついて頭を下げると、イシュタルは優しく微笑んで頷いてくれた。


「分かりました。熱病でしたら私たちの方が詳しいですから、その方は城内で看病いたしましょう。あなた方は安心してピラミッドへ向かってください」

「ありがとうございます」


 微笑むイシュタルにもう一度深く首を垂れるレンを、どこか複雑そうに眺めるセリア。ユウはそれを、なんとなく見なかったことにはできなかった。ティアラもそれには気が付いていたようで、ユウを上目づかいで伺ってきはしたが、ただ肩をすくめて苦笑するだけにとどめる。
 あの二人はあの二人で、複雑なんだよな。自分とティアラも今、なんとなくぎこちない。複雑と言えば複雑なのだが、これは原因がはっきりしているので、そのうちきちんとけじめを付けなければいけないとは思う。
 けれどセリアとレンに関しては。複雑というかこじれているというか。こればかりは二人の問題なので、ユウやティアラが口を出すことではない。二人が決着を付けることなのだから。それがどんな結末であろうとも。



20180303 初稿

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