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天 球 儀

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きっと君に恋をする




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大手化粧品メーカーに勤務する、美咲。見た目は可愛いのに中身は残念な、年齢=彼氏いない歴22年。
かたや最高峰の医大生、静。眉目秀麗な上に頭も良ければ金もある。故に女に困ったことはない。

だけどお互い事情があるんです。そんな二人の恋のお話。


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見城 美咲(けんじょう みさき) …大手化粧品メーカー勤務。22歳。

阿井  静(あい しずか) …医大4年生。22歳。


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きっと君に恋をする ...07

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07



 目が覚めるのと同時に、美咲はベッドから飛び起きた。両手でタオルケットを握りしめ、肩で荒く呼吸を繰り返す。心臓はバクバクと音を立てて、飛び出さんばかりに脈打っていた。
 タオルケットを握りしめていた震える両手で、爪を食い込ませるように自分の両肩をかき抱き、乱れた息を整えようとゆっくり深呼吸を繰り返す。落ち着いてきたところで自分の周りをそっと見回し、そこが自分の今住んでいる部屋であることを確認して安堵するように大きく息をついた。
 久しぶりに嫌な夢を見た。汗でべったり張り付いた前髪をかき上げながら額に掌を当て、苦し気に眉間に皺を寄せながら嘆息する。
 もうずっと見ていなかった、思い出したくもない経験を再現する忌まわしい夢。おそらく静との約束が引き金になったのだろう。異性との関係を拒絶する美咲の、心の底に沈めてあるそのきっかけを、彼と関わることでほじくり返された。だから嫌だったのだ。こんな風に、特定の異性と仲良くしようとするのは。

 中学からずっと女子校にはいたが、異性と全く交流を持たなかったわけではない。確かに一時期は異性が傍にいるだけで身体が震えた。教師ですら近づいて欲しくないくらい異性が憎くはあったが、時間という薬はそれなりに有用で、異性が全部同じ人種ではないとようやく自分の中で整理がついて、中学も終わり頃になるとどうにかまともには接することができるようになった。
 だから高校時代は、友人に誘われて異性を交えて遊ぶこともあったのだ。その頃の美咲は、これならまともに恋愛ができるかもしれないと思えていた。ただそれは、美咲の外見が許さなかった。
 背はそこまで高くなく、体型もモデルのように細いわけではない。標準より少し細いくらいの、いいとこ雑誌を飾るグラビアアイドル並と言ったところか。ただ顔はとにかく良かった。下手なグラビアアイドルやモデルなんかに引けは取らないくらいだ、というのは美咲の数少ない親友や目をかけてくれる先輩たちの表現なのだが、ちょっとしたグラビアアイドル並みの体形とそれ以上の顔立ちで、むしろグラビアアイドルやモデルなんかよりもよりも敷居の低い一般人の女子を前に、年頃の男子が黙っているはずはなかった。
 遊びに行く先々で美咲ばかりがちやほやされる。当然そうなれば周りの女子は面白くない。やっとどうにか異性と会話ができる様になった程度の美咲に、寄ってくる男子を簡単にあしらうことなどできようはずもなく、一部の女子グループから反感を買う羽目になった。
 しかもその一部の女子の彼氏が、あるいは好意を寄せている男子が、美咲にちょっかいをかけて来たのだ。
 美咲もさすがに彼女持ちや他の子が好意を寄せているような男子を相手にする気はなかったが、あしらい方が分からなかった。思わせぶりな態度を取ったつもりもなかったが、相手からすればそう見えたのだろう。あるいは相手が空気を読めなさ過ぎたのか、諦めてくれなかった男子に襲われそうになった。
 幸い未遂で済んだものの、それをきっかけに美咲は学校でほぼ孤立状態になってしまった。いじめと言うほど壮絶でもなかったが、少なくとも学校が楽しいと思えるような生活でもなかった。せっかく薄れていた異性への恐怖心も再び強くなり、それと同時に過去の体験を再現した夢も見るようになった。夢の中で繰り返されるそれを何度も見るのもしんどかったが、自分にまともな恋愛なんかできるわけがないのだと突きつけられている気がして、それが何より辛かった。

 一時は人間不信になるのではないかという状態にまで陥りはしたが、一部の友人と先輩である関若菜の助けでどうにかそれは免れた。
 何をするにも反感を買うのであれば、そうならないように立ち回れるようになればいい。そう言って美咲を鍛えてくれたのは若菜だ。彼女は兄弟が多い中の一番上という立場もあって面倒見がよく、美咲も妹同然によく目をかけて見てくれていた。今の美咲を作ったのは若菜だと言ってもいいと美咲は思うが、若菜はこんな風にするつもりじゃなかったと時々嘆いていたりする。
 でもだからって、誰かを好きになりたいという気持ちが全くなかったわけでもない。確かに異性に関わることで同性からも反感を買いはしたが、周りで楽しそうにしているカップルや友達が羨ましいと思うことだってあった。
 ただ特定の異性と仲良くしようとすると決まってあの夢を見る。それは幼い頃や高校時代の出来事が植え付けた、異性への恐怖心や懐疑心からだと分かってもいる。分かってはいるが、それを解決する方法が美咲には分からなかった。
 親しい人の相談したところで彼女たちは女性としての憤りは感じてはくれるが、当事者ではないのでどこか他人事でもある。それが悪いとは思わないし、みんな親身になってくれるのでそれは有り難いと思いはすれど、心のどこかでは所詮他人事なんだと冷めた目で見ている自分もいる。
 かといって異性になんてもっと言えようもなく、だから美咲は恋愛することを諦めた。そういう想いを持たなければ面倒なことに巻き込まれることもないし、そういう想いに振り回されることもない。そんな風に割り切って諦めてきた結果、親しい人間以外から見ると冷たそうな印象を持つ今の美咲が出来上がった。
 でも美咲は今の自分を気に入っている。当たり障りなく、適当に人付き合いをして適当にやり過ごしていけるのは楽だ。踏み込んで傷つけたり傷つけられたりすることもないし、他人に不必要に干渉されることもない。特定の異性を相手にすることでいらない反感を買うこともない。そして何よりあの夢を見ることがほとんどなくなったことが一番快適だった。結局、諦めてしまうことが一番楽なのだ。

 ようやく落ち着きを取り戻して携帯で時間を確認すれば、起床時間間近だった。数分経てば鳴り出すタイマーを切ると、美咲はベッドから抜け出して汗でべたつく肌を流そうとバスルームへと足を運んだ。
 手短にシャワーを済ませ、適当に朝食を取ってから出社の支度へと移行する。クローゼットからパンツスーツを引っ張り出そうとしたところで、今日は静との約束の日だったことを思い出した。
 今日は特に外を回る予定はないので、こんなカッチリした格好でなくてもいい。静は学生で、会うたびにそれなりにこぎれいな格好をしてはいたが、やはり学生然とした格好だった。それを考えれば今日もそんな感じで来るだろうことは想像に難くない。対する美咲がいかにも社会人体とした格好をして一緒に居たら、きっとあまりにも不自然だろう。釣り合いを考えたら、もうちょっとラフでもいいかもしれない。
 幸い美咲の会社は、特に服装の規定はない。せいぜい、勤め人としての尺度を守る範囲での恰好というくらいだ。だから見た目がそれなりならば、ジーンズでも構わない。さすがに社外に出る人間にそれは許されないが、会社内で仕事をしている分には特にうるさくはなかった。
 引っ張り出そうとしていたスーツから手を離した美咲は、そのままクローゼット内にあるタンスの引き出しに手をかけてスーツ以外の服を吟味し、やや学生時代を意識した、でもギリギリで社会人らしく見えそうな服装で出社し。


「なにあんた、デートでも行くの?」


 出社直後に顔を合わせた若菜に、思いっきり訝しそうな顔をされた。


「デートじゃないです。ちょっと約束があるだけです」

「その割には、なかなか気合入った若作りね」

「……年相応の恰好のつもりなんですけど」


 感心した様に頷く若菜を恨みがましく睨むと、彼女は冗談よと笑ったが、果たして冗談だっただろうか。じっとりさらに恨みを込めて睨みつけたが、若菜はそんな美咲をものともせずに、でも、と言葉をつづけた。


「ホント珍しいカッコじゃない?」

「そうですか?」


 なぜかどこか嬉しそうにする若菜に、美咲が椅子に座ったまま自分の服装を確認するように視線を落とす。
 無難に無難にと呪文のように呟きながらさんざん悩んでクローゼットから引っ張り出してきたのは、ネイビーのチュールスカートにボーダーのトップス、それにクーラーや日焼け対策用にカーディガンを羽織るというコーディネイトだった。美咲の職場では割と誰でもしていそうなごくありふれた、いわゆるフェミニン系のファッションだ。


「いつも動きやすそうな恰好しかしないでしょ? コンサバっぽい感じが多いっていうかさ。ふんわりした感じのカッコってあんまりしないから、なんかちょっと特別なのかなってさ」

「とくべ……そういうのじゃないですから!」

「え、なに、なんで急にムキになんの?」

「なんでもないです!! ホントにそういうのじゃないですからね!?」


 きょとんとしたような顔で首をかしげてきた若菜の言葉に美咲は一瞬絶句し、すぐに眉間の皺を深くしてきっぱりと否定した。
 その力の入りように若菜は肩をびくりと引っ込めて訝しそうな顔をしたが、美咲は念を押すようにもう一度力いっぱい否定して勢いよく席を立った。
 どこに行くのかという若菜の問いかけに、給湯室です! と若干声を荒げながら美咲はフロアを大股で横切って給湯室に向かい、自分のマグカップを棚から取り出してサイフォンからコーヒーを注ぎ込む。ふんわりと漂ってくるコーヒーの香りにようやく落ち着きを取り戻し、ふっと短く嘆息した。
 若菜の言葉に思わず動揺はしたが、別に特別なんかではないのだ。動揺してしまったのはきっと、今朝見た夢の所為だ。特別ではなくても、関わりを持ってしまったせいで心の底に押し込めてあるものの蓋が開いてしまったから。
 今日の格好だって釣り合いを考えただけなのだ。静はいつもシンプルな格好をしてはいるが、着ているものはかなりハイブランドなものだった。それこそメンズ雑誌のモデルが雑誌から出てきたような、そういう出で立ちをしている。その隣で美咲が場違いな恰好をしていたらそれこそ目立つ。悪目立ちするよりは、釣り合いが取れた格好をしている方が目立たなくて済む。ただそれだけの話だ。
 ただ若菜に説明したところで、それを特別というのだと切って捨てられそうな気がした。美咲の中では合理的な事だと思っていても、他人がそう思ってくれるとは限らない。変に勘ぐられたりしてもめんどくさいので、説明はしない。
 面倒ごとは増やさない、抱え込まない。誰かを傷つけることもしないし、誰かに傷つけられることもされたくない。期待すれば裏切られた時の絶望感は大きくなる。だからはなから期待はしない。そうやっていろんなものを諦めて、無難に人生をやり過ごす。それが美咲に生き方だ。今も、これから先も、美咲はそうして生きて行くつもりでいる。
 つまらなくないかとか寂しくないかと若菜には聞かれるが、つまらない面倒ごとを抱え込んで辛い思いをするよりはよっぽどいいと思う。今までずっとそうして辛い思いをしてきた分、余計に無難に生きていきたいと思うのだ。美咲は二十二年生きてきた中で、今が一番幸せだと思っている。それでいいのだ。
 ぼんやりとマグカップから立ち上るコーヒーの湯気を見つめてそんなことを考えながら、何故がふと静の屈託のない笑顔を思い出した。何故このタイミングでその笑顔を思い出したのかわからない。静の色んな、それこそ底意地の悪そうな笑みから困ったようなものまで、様々な笑顔を見てきたはずなのに、どうしてか先日カフェで会った時の別れ際に見せた、あの少年のように笑う顔だけが脳裏に浮かんできた。
 その笑顔を思い出したらなんとなく、胸が小さく締め付けられるような苦さを覚えた気がしたが、眉間にぐっと皺を寄せて不快感を振り払うように美咲は頭を振ると、カップの中身を煽って胸に宿った苦さをコーヒーの苦さで誤魔化すように飲み下した。



20160814 初稿

| きっと君に恋をする | 07:00 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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きっと君に恋をする ...06

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06


 違うんだよなぁ。コーヒーチェーン店の窓際でタブレット端末の画面を眺めながら、美咲は嘆息してうなじを撫でた。イラつくと出る彼女の癖だ。昔は髪をかき回したり頬を掻いたりしていたが、メイクをするようになってからは崩れの気にならない部分を撫でる程度になった。
 美咲の仕事は自社製品の売り込みや企画の持ち込みだ。営業職は会社の顔。その顔が崩れでもしていたら目も当てられないので、学生時代以上に顔周りには手をかけている。
 今日もこれから、秋冬向けの新作のリップを有名雑誌で取り上げてもらうためのプレゼンへ向かう予定で、他社の営業へ回っている若菜との待ち合わせ中なのだが、その間に印刷の色サンプルのチェックをタブレットでしていたところだ。
 画面で見るのと紙に印刷して見るのとでは色味も見え方も違うものだとは分かっているが、それでも画面に表示される色に納得がいかない。このまま印刷してもきっと納得のいく色にはならないだろう。どうせ売り込むなら完璧な形で持っていきたい。
 特にリップは口元を飾るために使うもので、人の目も引きやすい。選ぶ側も当然、そういうことも考慮して購入していく。しかも美咲の勤めている化粧品会社は業界では大手で、それなりに値の張るブランドだ。試しに使ってみよう程度の気持ちで購入する消費者は稀だからこそ、使いたくなるような商品でなくてはならない。贔屓してくれる顧客だけでなく新規の顧客の獲得のためにも、やはり完璧に近い形で売り込んでいきたいのだ。
 納得のいかない形のものを、先方に売り込むことは美咲にはできない。まだ新人だから頭が固いと言われてしまえばそれまでではあるが、商品の魅力が最大限発揮できない状態で何を売り込めと言うのか。
 若菜が来たら相談だな。タブレットを閉じてため息をつき、すでにほとんど氷の溶けてしまったアイスコーヒーに手を伸ばしながら顔を上げると、ふいに騒がしい集団が目に入った。若い男女が入り混じって結構な音量で話をしている。年恰好からおそらく学生であろうことは判断できた。
 美咲も社会人になってまだ半年程度ではあるが、やはり学生は学生だなと思う。構内と同じノリを公共の場に持ち込む彼ら。自分の学生時代もあの集団と同じようなもので、傍から見たらこんな風に見えていたのだろう。こうして客観的に見てみると、なんともやかましい集団だ。もちろん、学生がみんなそんな風ではないとは分かってはいるが、悪い部分というのは目立ってしまうものだ。
 思わず苦笑いして手を伸ばしたアイスコーヒーのストローを咥えた瞬間、見覚えのある男子学生と目が合った。しまったと思って瞬間的に目を反らしはしたが時すでに遅く、目の前の席に人の気配を感じてそろそろと視線を向ければ、美咲の顔を覗き込む様に静が座っていた。


「やっぱ見城だ。こんなとこで何してんの? サボり?」

「学生じゃあるまいし、そんなわけないでしょう」


 なんだその講義をさぼって時間をつぶしてるみたいな言い方。そんな暇そうに見えたか。ちょっと眉間に皺を寄せてムッとした顔をした美咲に、だよなと静は笑った。分かってて言ってるのが、余計に気に障る。
 相手にするもの面倒なのでそのままふいと視線をそらせたが、そらせた視線の先には女子学生が立っていた。美咲を睨む様に眺めてくるその視線に、静に対する感情が伺える。これは面倒なことになる予感しかない。


「友達と来てるんでしょう。戻ったら?」

「相変わらずそっけないなぁ。雰囲気違うから別人かと思って確認したかったんだよ」

「は?」


 そらした視線を思わず戻して訝し気な顔をする美咲を指さしてメイク、と静が首をかしげて指摘してくる。


「こないだと違うから、印象も全然違うなと思って」


 指摘されたことに美咲は思わず絶句した。よくもまぁ、見てること。確かに合コンの時は目立ち過ぎず、でも野暮ったくなくそこそこ可愛く見える程度の、なるべく無難で地味目なメイクだった。今日は仕事でしかも外回りだったので、自社ブランドを売り込むためのメイクだ。派手ではないがきちんとはしていた。メイクの仕方自体が違うので、印象が違ってくるのも当然ではあるが。


「確認できたならもういいでしょ」


 だからそこに立って美咲を睨みつける女子学生を連れて、どこへなりとも行ってくれ。値踏みするような、それでいてけん制するようなその視線をいつまでも受けていたくはない。変な誤解を受けるのも、勘違いなやっかみも御免だ。
 呆れた様に嘆息して再び視線をそらせた美咲を確認した女子学生が、静の腕を引きながらもう行こうよ、と鼻にかかった甘ったるい声を上げる。可愛らしさを装おうとしているのは分かるが、作り過ぎじゃないか。女子学生を横目にしながら美咲は思わず苦笑した。
 流行りのメイクに流行りのファッション。髪もふんわり緩くまとめられて確かに今時の学生ではあるが。

    あぁ、そのアイメイクでそのチークは濃すぎるんじゃない? リップも悪目立ちしてるし、流行りを全部取り入れればいいってもんじゃないと思うけど。

 おそらく地は悪くないのだろうが、それを似合わないメイクで潰してるという印象。そんなことを考えてしまうあたりは職業病だ。
 美咲は女の園で育ってきた分、そういう部分で学ぶ機会はたくさんあったが、メイクを覚えたばかりの学生ならこんなものだろう。ここが自社の店頭ならもうちょっとアドバイスなりしてあげられるのだが。
 横目で伺っていた美咲の視線に気が付いたのか、女子学生が髪の色と同じ明るい茶系の眉毛を眉間に寄せて再び美咲を睨んできた。しまった、ガン見しすぎたか。肩をすくめて視線をそらせたところで、女子学生が再び甘ったるい声を上げた。


「だれ、このケバイ人」


 一瞬誰の事を言われたのか分からず、美咲は思わずきょとんとしてしまったが、彼女の視線でそれが自分のことだと気が付き眉をひそめる。
 ケバイ? 今、ケバイっつったか。ケバイっつーのはお前さんみたいなメイクしてる人間のことだよ。喉まで出かかった言葉をどうにか飲み込みはしたが、顔は引きつっていたかもしれない。美咲のメイクは遊び半分のおしゃれの為のメイクではない。仕事の為に作り上げた、言ってしまえば戦闘服ならぬ戦闘メイクで、美咲の意気込みであり自分に自信をつけるための仮面みたいなものだ。それを女のひがみ程度でケバイで片づけられるのは心外だ。
 受け流せばそれで済むことではあるが、ポリシーを持っていることに対して馬鹿にされて黙っていられるほど美咲も大人ではなかった。あからさまにムッとした表情を浮かべ、似合わないメイクで人を小ばかにしたような表情を浮かべている女子学生を鋭く睨もうとして。


「なんで? 綺麗じゃん、見城のメイク」


 出鼻をくじかれた。目の前の静が美咲より早く、しかも流すように女子学生の言葉を否定した。これには美咲も思わずぽかんとしてしまったが、自分の言った言葉を完全に否定された女子学生も愕然とした顔をした。しかし静は気にする様子もなく、再び美咲に視線を戻して笑った。


「ちゃんと大人らしい、きちんとしたメイクだと思うよ。俺は。俺たちみたいな学生と違って社会人してるって感じがする」


 それは    すごい殺し文句だ。メイクを褒められる機会はありはするが、そんな風に同年代の、しかも異性に言われ慣れないことを言われて美咲は思わず固まった。そんな風に言ってもらえるとなんとなく大人として、社会人として認められたような気になる。しかも、ちょっと嬉しいとか思ってしまったが、それが大人らしいと言われたことに対してなのか、それとも静が美咲をかばってくれるような発言をしてくれたことに対してなのかは判断できない。というか後者を認めたくは正直ないが、でもおそらく両方なのだろう。認めたくはないが。
 どうしていいか分からなくて、目を見開いたまま固まってしまった美咲を見た静はなんだかおかしそうに笑い、じゃあ、と席を立った。


「またな」


 言いながら彼はひらひらと手を振り、愕然とした顔のまま美咲と同じように固まってしまった女子学生に行くぞとだけ声をかけて席を離れて行った。
 その後姿を見送りながら、美咲は思わず手の甲で片頬を抑えた。店内はエアコンが効いているはずなのに頬が熱い。どうせ口説くための口上くらいでしかない。そう頭で考えはするのだが、気持ちが揺らぐ。こんなことで、なんで。
 眉間に皺を寄せて胸の奥で疼いた気がする熱を、気のせいだと言い聞かせながらふと視線を感じてそちらの方に顔を向ければ、女子学生が恨みがましく美咲を睨みつけ、ぷいと顔を反らしながら身体を反転させてさっさと先に席を離れて行ってしまった静の後を小走りで追いかけて行く。そんな彼女のどことなく悔しそうな顔を見て、美咲自身は何もしていないハズなのになぜか勝った様な気分になった。そんな気分になって、でも面倒なことに巻き込まれてきたことに気が付いて、長々と息を吐きながら思わずぐったりとテーブルに突っ伏す。
 あの女子学生は明らかに静に好意を持っている。美咲と彼に対するあからさまな態度の違いを見れば一目瞭然だ。そして他人の恋愛に首を突っ込むことが、決していいことにならないことも美咲は嫌というほど知っている。だからこそ巻き込まれないように、巻き込まれないようにと生きてきたのだ。恋愛ごとは傍観して、適当に話を聞き流しているくらいがちょうどいい。自分がその立場になるのは、まっぴらだ。
 だから美咲は自分の胸の中で何かが燻る様な感覚を覚えはしたが、それを振り払うように小さく頭を振った。
 週末の約束が終わったら、それで本当に終わりにしたい。後は学生同士で好きにやってくれればそれでいい。そうやってやり過ごしていけば、きっとこんな感覚は消えていくだろう。そうしてまた、淡々とした日常に戻って行けばいいのだ。そうやって考えながら、それでも静の自分に向けた言葉と笑顔が脳裏に焼き付いて、いつまでも消えてくれることはなかった。



20160703 初稿

| きっと君に恋をする | 06:00 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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きっと君に恋をする ...05

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05


 マンションの自室の玄関の扉を、美咲はただいまと呟きながら開いた。しかし室内に向かって声をかけてみたところで、返事があるわけではない。
 真っ暗な玄関の壁に指先を這わせてスイッチを探り当て、玄関に明かりをともしながらパンプスを脱ぎ捨てる。揃えなくても誰にも文句は言われない。行儀が悪かろうが注意をするような家人がいるわけでもない。美咲は一人暮らしなのだから当然だ。今の状況で誰かが室内にいるとしたら泥棒くらいだろう。それでも声を出してしまうのは、癖というか気分的な問題だ。
 そのままま廊下を歩いてリビングへ入り、部屋の明かりのスイッチを入れる。一人で座るにはやや大きいソファに荷物を放り投げ、窮屈なスーツの上着を脱いでカウンターの椅子に丁寧にかけた。すぐにハンガーにかければいいのだろうが、今はそういう気にもなれない。かと言って放っておいて皺になってしまうのも困るので、椅子にかけることでひとまず妥協する。
 そこでやっと一息ついて、テレビの横の棚に向かってもう一度、ただいまと声をかけた。もちろん返事はない。そこにあるのは小さな仏壇と位牌、そして幼い美咲と両親で写った写真が置いてあるだけだ。

 美咲の両親は美咲がまだ小学生の頃、事故で亡くなっている。父方の祖父母はすでに他界していて親戚づきあいも希薄だったせいで全く当てにならず、かと言って母方の祖父母は美咲の面倒を見られるほど若くはなく、一緒に生活しても返って美咲に苦労させるだけだからと、小学生時代は引き取られた親戚の家に身を寄せていた。
 身を寄せていた親戚の家での待遇に嫌気がさして祖父母に泣きつくように相談に行ったら、全寮制の私立校を勧められた。祖父母と暮らしたいと懇願したが、年寄の面倒を見ることはないと聞き入れてくれなかった。だからそのまま進級と同時に寮へ入った。以降短大を出るまで寮で過ごし、盆も正月もそこで過ごした。
 多感な思春期時代に体験してきた出来事のせいで、自分を受け入れてくれなかった祖父母すら恨んだ時期もあったが、自立した今になってみれば、祖父母が美咲を手元に置いておかなかったその想いが分かる様な気がした。彼らは決して美咲を邪険にしたかったわけではないのだ。
 彼らはいつも優しく受け入れてくれて、子供の戯言だと無下にすることもなく親身になって話を聞いてくれた。そして美咲が、たとえ両親がおらずとも辛い思いをすることのない生活ができるよう、全てお膳立てしてくれたのも祖父母だった。彼らが居てくれたから、今の美咲があるのだ。
 それができたのは、それなりの資産家だった両親のおかげでもあるのだが、そのせいで自分を取り巻く環境には苦労したこともあった。それでも今の美咲は自分のやりたいように生活できているのだから、亡くなった両親にも美咲に心を砕いてくれた祖父母にも、感謝してもしきれない。


「面倒なことになったなぁ……」


 仏壇に手を合わせながら小さく息を吐くように呟いて、どうしよう? と仏壇に向かって首をかしげたところで返事があるはずもなく、美咲は肩を落として盛大にため息をついた。

 静と店を出たところで、美咲は自分の非礼を改めて詫びた。しかし彼はやっぱり笑いながら気にしなくていいよ、と首を振った。


「実際そんなヤツも一定数居るからさ。俺もバイトなんて言ってるけど、親の仕事手伝ってもらってる金だから、親の金って言えばそうなんだよね」

「でも労働したうえで支払われてるってことは、そこで経営側と労働側としての契約が成り立ってるって事でしょ? ならそれは経営側の義務だし、労働側の権利じゃない。それは親の金をばら撒いてるうちに入らないと思うけど?」


 肩をすくめて若干申し訳なさそうにした静に、違うの? と美咲が不思議そうな顔をすると、静は一瞬面喰ったような表情を浮かべたかと思うとすぐに笑いだした。


「なるほどね。働いてる人ってそういう考えなんだ」

「え、なに? なにか変な事言ってる?」


 お腹を抱えてなぜか爆笑する静に、美咲が眉間に皺を寄せた。
 彼と親の間でどういう条件で契約が交わされているかは知らないが、支払っているのは確かに親であっても、彼が労働したうえで支払っているものだとするのなら、彼が自分で働いて稼いだ賃金ということになるだろう。自分で稼いだお金をどう使おうが、それは本人の自由だ。
 笑われることに納得がいかないという顔をする美咲にごめんね、と静は相変わらず笑いながら謝った。全く誠意の籠ってない謝罪に、美咲がますます眉間の皺を深くする。


「ごめん、違う。馬鹿にしてるとかじゃなくて、ちょっと嬉しかったんだ」

「は?」

「ちゃんと働いてるって認めて貰ったことないんだよ。所詮、親の金じゃんって感じでさ。だから嬉しかった」


 そう言って美咲に笑いかけて来た静の表情は、本当に嬉しそうだった。あんまりにも屈託なく笑うので、美咲もつい釣られるように笑ってしまった。
 笑った美咲を見た静は、何故か驚いたような顔をして固まってしまったので、変な顔でもしてたかと思って慌てて両手で頬を覆い、なに!? と目を見開いてぽかんとしている静から反射的に顔を反らせる。
 そんな変な顔で笑ってただろうか。なんだか妙に恥ずかしくなって両手で頬を覆ったまま、おそるおそる静に視線を戻すと、彼ははにかんだように笑っていた。その表情に思わず困惑して、そろそろと静を伺った。


「えっと……なに?」

「や、そういう営業用じゃない笑い方もできるんだなーって」

「……一応ね」


 美咲だって面白ければ笑うし、悲しければ泣く。ただ人より若干、感情の起伏が少ないだけだ。仕事場では冷静とかクールとか言われはするが、友人たちから言わせるとそれは冷たいになる。付き合いの長い子はそれでも分かってくれるが、浅い付き合いの人間にはそういうイメージらしい。もっとも、自分でも冷たいなと思うことはあるが、そういうのも子供の頃の体験が影響している部分は大きいだろう。


「もったいないじゃん。かわいいのに」

「誰にでも言いそうな事言われてもね」


 それでなくても彼のように顔が良くてリア充くさい人間に言われても信憑性に欠けるというものだ。さらっと息を吐くように言われた言葉に、美咲は胡散臭そうな顔をして呆れた様に息をついた。
 嘘じゃないのに、とやや拗ねた様に彼はハスを尖らせた。なんだか随分、最初に感じた印象と違う。もっとなんかこう、女の子を軽くあしらって手玉にでも取ってそうな感じだったが、今は思ったよりも幼く感じる。大人びてる外面の割には中身は幼そうな彼のそのギャップは面白いと言えば面白いが、女の子の甘い理想をあっさり覆してくれそうでもある。


「……あなたってあんまり女の子と長く続かないでしょ。思ってたのと違うとか言われて」

「あー分かる? 見た目と中身のギャップが激しすぎるとか、よく言われる」


 あぁ、同類だ。結構、間違いなく自分と同類だ。見た目に幻想を抱かれすぎて、実際深い付き合いになってみると幻滅される。だから深い付き合いをしたくなくなる。美咲はそこで他人との付き合いが怖くなるが、彼はそれなら浅く広くで行こうと割り切れてしまうのだろう。そこが美咲との大きな違いだ。
 思わず分かる、と苦笑いして同意してしまった。そこでしまったと思って口をつぐんだが、彼は聞き逃していなかったようで、きょとんとした後すぐににんまりと口元をゆがめてきた。その笑みに、美咲は思わず身構えて顔をしかめた。これはあまりいい予感がしない。


「なに」

「いや、俺たちって結構同類っぽいなぁって」

「気のせいでしょ」

「そう? 俺はわりといい友達になれそうな気がするんだけど」

「お断りします。奢ってくれてありがとう。じゃあ、これで」


 淡々と台詞でも読む様に言いながら美咲は頭を下げ、踵を返して静に背を向ける。そうして歩き出そうとしたところで。


「見城」


 呼び止められてどきりとし、思わず足を止めた。なんで足が止まったのかは分からない。ただでも、呼び止められたその声に何故か惹かれた。友達にも上司にもそうやって呼び止められることはいくらでもあるのに、彼の声で呼ばれて酷く心が揺さぶられる。
 顔にそれが出ていでもして悟られたら怖いので、背を向けたまま美咲は、なに、とつっけんどんに返事をした。それこそ声色に感情が滲んでいるのではないかと内心焦りはしたが、思ったよりも耳に届いた自分の声が冷淡だったので、おそらく悟られてはいないだろう。


「今度、一緒に飯食い行こう」

「……行きません」

「さっきの非礼のお詫びってことでどう?」

「はぁ!?」


 振り返るつもりはなかったのに、あまりにも素っ頓狂な提案に思わず素っ頓狂な声を上げて振り返ってしまった。勢いよく振り返った美咲がどんな顔をしていたのは自分でもわからない。でも彼がきょとんとした後すぐに噴き出したので、相当に阿呆な顔をさらしていたのだろう。
 そもそもお詫びってなんだ。ていうか自分でそれを言っちゃうのか。確かに一方的に下衆な勘ぐりをした美咲が悪いのだろうが、その詫びを強要するってなんだ。
 美咲が見るからに不快そうな顔をしたので、静は肩をすくめて苦笑した。


「っていう感じの理由付けでもしないと、聞いてくれなさそうだったから」

「本気で言ってるんじゃないの?」

「まさか。ホントに気にはしてないよ。まぁでも、理由が必要ならそんなとこかなって」


 ダメ? と静が首を傾げた。理由をつけられたところで、そんなのはただのこじつけで正当な理由にはならないだろう。要求されたお詫びも本気ではないらしいから、断ったところで角が立つわけでもないだろう。
 でもそうやって無理やり理由をつけて美咲を誘おうとするところを見ると、どんなに断ったところできっと別の理由をつけて誘おうとするのだろう。そんな風にしつこく付きまとわれるのも面倒だ。


「……連絡先の交換はナシってことなら、今週末の19時に会社の前のカフェに来て。それでチャラよ」


 あきらめた様に肩を落として提案した美咲の案に、静はやっぱり屈託なく笑って大きく頷いて了承した。

 なんであんな約束しちゃったんだ。ホントにめんどくさい。帰りの道々、何度も後悔した。若菜や合コンのメンツにバレたらなんて言い訳すればいいんだ。
 約束したこと自体は後悔はしたが、ただでも、気にはなった。異性を遠ざけようとしている美咲に執着するほど、彼が女の子に困っているとは思えない。軽く釣れる女の子にでも飽きたのかとも勘ぐってしまうが、どういう方向に彼が自分との関係を持って行きたいのかという所に興味が沸いたのだ。
 彼の友達になれそうなんて言葉を信じている訳ではない。ただ確かめたくなった。それがただの口上かどうかということを。自分に少し似ていると思った彼が、どこまで本気なのかということを。それともそう思ったのは、自分の気のせいだったのかということを。
美咲はよし! と気合いを入れて自分の頬を軽く叩き、気分を改めようとバスルームへと向った。



20160606 初稿

| きっと君に恋をする | 05:00 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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きっと君に恋をする ...04

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04


「いらっしゃーい……あれ、美咲ちゃん! なにそのイケメン!!」


 店の扉を開いて美咲を見た瞬間、女将が開口一番に一緒に入って来た彼について突っ込んできた。予想はしていたが突っ込み方はさすがに微妙だ。しかもバカでかい声でまさに叫ぶように突っ込まれたので、店内の客の視線を一身に浴びる羽目になった。
 顔ぶれは常連ばかりだったが、その常連ばかりというのがまた厄介だ。しかも七割はおっさん、三割はおばちゃんと若い男女は一人もいない。


「えー、なに美咲ちゃん。彼氏作る気になったの!?」

「いやダメだよそんなイケメンの彼氏、こんな小汚い店に連れてきちゃ!」

「おい、誰だ今さらっと店を貶したの」


 口々に声をかけられ美咲は嘆息しながら肩を落とした。すぐ隣では彼がそっぽを向いて口元を抑えている。笑いをこらえてるのは明らかだ。
 美咲はひどく不機嫌そうに顔をゆがめ、違います! と女将に負けないくらい声を張り上げてきっぱりと否定した。


「ただの知り合いです。友達でもないです」


 わかったら黙る! とまで付け加え、不満げな顔をしている常連客を手を振ってなだめ、空いている店の一番奥の席を陣取った。
 店内はさほど広くなく、ほとんどカウンター席しかないようなもので、テーブル席はほんに二席程度しかない。客の誰かが小汚いとは言いはしたが小汚いのは外見だけで、店内は代が変わったときに改装されているので店の外とは雰囲気が全然違う。
 カウンターには旬の素材が使われた惣菜が並んでいて、中身だけでなくその器にもこだわっているし、調理を一手に引き受ける店主は元は料亭だか高級ホテルだかで働いていただけあって、味も決して名店に引けは取らない。メニューは一品物から定食まで揃っているので、飲めない人は料理だけでも楽しめる工夫もされている。また女将はソムリエだったというだけあってお酒にはかなり精通しており、料理に合わせて飲むものを勧めてくれたりすることもある。
 二人とも経歴だけ見ればこんな小汚い居酒屋なんかではなく、もっと高級そうな飲食店を出したってやっていけそうなのにあえてそうしないのは、やはり先代や常連客を見て育ってきたせいもあるのだろう。美咲もこの店に通って育ってきたので、なんとなく店を手放せない気落ちは分かる気がした。ここは美咲にとって自宅以外で唯一、心の底から安心していられる場所なのだ。
 しんどい時も嬉しい時もここに来ると、店主も女将も常連客も、みんな笑顔で温かく迎えてくれる。茶々を入れることはあっても、みんな突っ込んで聞いてきたりはしない。ただ美咲がじっと自分の中で消化するのを待ってから、話を聞いてくれたりすることもあればそのまま放っておいてくれることもある。そういう人たちが自然と集まる店なのだ。おそらく先代はもちろんのこと、今の店主と女将の人柄からなのだろう。だから人目をはばかる話も、ここならそんなに気兼ねなくできるのだ。


「それで、誤解ってどういうこと?」


 提供されたグラスのビールを一口煽って、美咲が隣で同じようにビールのグラスを傾ける彼を一瞥した。
 話を聞くとは言ったが長居をする気はない。一緒にいることでおかしな誤解をされることも迷惑だし、女子から要らない反感を買って変な色恋沙汰に巻き込まれるのもごめんだ。
 あからさまに不機嫌そうにつっけんどんに聞いてきた美咲に、医大生の…改めて名前を聞いたら阿井静(あい/しずか)だと名乗ってくれた彼が、肩をすくめて直球だなぁと苦笑した。


「もうちょっと、話に付き合おうとかない?」

「悪いけど、あなたに興味ないから」


 合コンで狙った相手ならば面白おかしく話をしたいと思うところなのかもしれないが、生憎と美咲はそういうことに興味がない。彼とここに来たのだって別に楽しくおしゃべりしたいからではないし、どんなにハイスペックだろうと初対面から面と向かって他人に嫌いだなどと暴言を吐くような性格の男を好きになりたいとは思わない。


「やっぱホントなんだ? 男に興味がないって」

「誰に聞いたの、それ」


 面白がるように笑いながら、彼はカウンターに肘をついて美咲を観察するように眺めて来た。微妙に居心地の悪い、意味ありげな笑みを向けられて思わず眉間に皺を寄せると、意外にもあっさりと君の先輩に聞いたと白状してきた。ということは若菜か、それとも今日来ていたOGのうちの誰かか。いやたぶんOGの中で美咲の身辺に詳しい人間は居ないので、やはり若菜なのだろう。
 いい男に弱く、ちょっと迫られるとすぐに口を割るのは若菜の悪いところだ。思わず舌打ちしそうになってそれをどうにか思い留め、だからなに? と素知らぬ顔で会話を続ける。


「いやまぁ、そこんとこ誤解してたんだ。顔が良い女って結構多いからさ、相手見て態度変えるの。こないだの合コンで言い寄ってくる男みんな相手にしてなかったから君もそういう部類かなと思ったんだけど、ちょっと君の先輩を話をする機会があってさ。よくよく聞いたら、ホントにただの見せゴマだって言うから……ホント不快な思いさせてごめん」


 苦そうな顔をしてホテルのエントランスでの時と同じように頭を下げて来た静に、美咲は思わず困惑して顔をしかめてしまった。
 別に誤解されていても問題はない。むしろ二度と関わらなくて済むのならその方が良かったと思う。軽そうな見た目ではあるが、思たより真面目で律儀なようだ。
 というかそもそも顔のいい女に対するそれは偏見だろうとは思うが、これだけハイスペックな人間なら色んな女の子との出会いもあったのだろう。顔もルックスもいい、しかも医大生とくればモテない要素はまずない。言い寄ってくる女の子の中には、そういうたちの悪いのもいたのかもしれない。
 そしてそれは美咲にも言えることだ。顔のいい男はロクなのがいない。それは紛れもなく偏見ではあるのだが、そう思わざるをないことの方が多い。そもそも合コンなんかに来る男は、女の子を落とすことが目的なのだから、そういう男にあたる率が必然的に多くなるのも致し方ないとも言えるだろう。
 美咲の恋愛無精に拍車をかけているのは、彼女を合コンに誘いまくる若菜のせいも一部あると言っても過言ではないかもしれない。
 そう考えると彼はどちらかといえばやはり、美咲に近いものを持っているのかもしれない。初対面で感じたことは、あながち間違っていなかったか。


「興味ないのにどうして合コンなんか?」

「そのままそっくり返すわ。あなただって特に女の子とどうこうなりたいわけじゃない、数合わせみたいなものでしょ? たぶん、理由は似たようなものじゃないの」


 小皿に煮物を取り分け、彼が同じものを取ろうとしたようだったのでついでに分けて渡しながら美咲が首をかしげる。
 静はちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに笑ってありがとうと小皿を受け取り、そうかもねと割り箸を綺麗に割った。普通に笑えば普通に可愛いじゃないか。仕草も綺麗だし、やっぱりそれなりにきちんとした出自なのだろう。胡散臭そうな外面は、美咲が好感度をアップさせるために外面を作るのと同じ、彼の仮面みたいなものだろうか。
 思わず観察するように眺めてしまい、その視線に気が付いた静に、なに? ときょとんとして首をひねられてしまった。いけない、これでは興味が湧きましたと言っているようなものだ。慌てて別に、と呟くように返して視線を逸らせる。
 幸い彼は美咲の視線の意味までは理解できていなかったようで、そのまま箸で煮物を切り分けながら会話を続けてきた。


「こないだはまぁ、そう。ドタキャンが出たから急遽ってことで呼ばれただけ。特定の子が欲しいわけでもないし、面倒じゃない子がいればいいかなってくらい」

「遊ぶ気は満々だったわけね」

「そこで軽蔑するって顔されてもねぇ」


 要するに後腐れしなさそうな子をお持ち帰りして、後は適当に切っちゃえばいいやってことか。なんだ、見た目の軽さどおりの中身だったのか。ちょっと自分と似てるかもと思って損をした。
 がっつりそれが態度に出てしまっていたので、静は困ったように笑って肩をすくめたが、そりゃ軽蔑くらいしたくもなる。女の子を処理の道具くらいにしか扱ってないのだから、同じ女としては不快極まりない。


「悪いけど、女の子の中にもそういうのが目的ってのはいるからね。お互い利害が一致して合意の上なんだから、そこを一方的に攻められるのもどうかとは思うけど。俺だって誰でもいいとか思ってないよ。口説くのは簡単だけど、都合よく使って傷つけたりするのはやっぱり気が引ける」 

「それはまぁ……そうだけど……」


 確かに合コンに来る子の中には、そういう刹那的な出会いを求めるような子もいる。お互いそれで合意してさっぱり終われるのなら、そういうのもありなのだろう。見た目は軽いしやってることも軽いは軽いが、それなりに考えがあってやってることなのかと納得しかけ、でもやってる事に関しては感心できないので慌ててその考えを打ち消した。
 それでも誰でもいいわけじゃない、というところが彼の微妙な律義さだろうかとも思う。真面目なのかいい加減なのか、掴みどころがない。


「私は遊ぶ気も無いから」

「みたいだね。みんな突っぱねてたし。上手く避けるなぁってちょっと感心してた。仕事、営業って言ってたっけ」


 どこまで漏らした先輩は。完全に個人情報の漏えいじゃないのか!?
 眉間に皺を寄せてじろりと静を睨む。ここいらが潮時か。あまり突っ込まれたことも聞かれたくないし、誤解も解けたようだから長居は無用だ。
 グラスの底に残ったビールを一気に煽り、一息だけついて脇にどけてあった荷物を手に取る。そのまま席を立ちながら、きょとんとしている静を一瞥した。


「あなたには関係ないでしょう。誤解は解けたみたいだし、これ以上話すこともないから失礼するわ」


 言いながら美咲が鞄から財布を出そうとすると、静がそれを制して自分が払うと笑った。


「誘ったの俺だし」

「でもあなた学生でしょう?」


 訝し気に眉をひそめた美咲に、静はちょっと機嫌悪そうに顔をしかめた。美咲が何を言いたかったのか察したらしく、そうだけど、と財布を手にしながら嘆息する。


「バイト位はしてるよ。親の金をこうやってばらまくほど非常識なつもりはないんだけど」

「……ごめんなさい」


 呆れた様な怒ったような口ぶりに、美咲が素直に謝る。彼の事を何も聞かず知りもしないくせに、見た目だけでどういう人間か勘ぐって、これではまるっきり馬鹿にしているようなものだ。知るつもりもないのなら、そんな勘ぐりだってするべきではなかった。
 申し訳なさそうに視線を外した美咲に、静はちょっと笑って首を振り、会計を済ませて美咲を外に出るように促した。
 暖簾をくぐる美咲の背中に、女将がまた来てね、二人で! と余計な一言をかけてきたが、曖昧に笑うだけに留めて先に出た静を追うように店を後にした。



20160503 初稿

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